船長は地球を捨てる
恒星間船〈ネレイス〉の整備士ケイヴは、船長室の前で足を止めた。
船長ユノ・サーヴァが副長へ言っている。
「明日、地球を切り離す」
「乗員には知らせませんか」
「混乱する。住民ごと燃焼炉へ送る」
ケイヴは工具箱を落としかけた。
船は地球を離れて百年。船内には故郷を再現した居住区〈地球環〉があり、三千人が暮らしている。
彼は仲間の整備士へ知らせた。
「船長は地球環を捨てる気だ」
「酸素消費が多いから?」
「最近、推進剤が不足している」
「三千人を軽量化の対象に?」
「数字だけ見る指揮官は怖い」
話は食堂へ広がった。
「切り離す前に家族を移す」
「救命艇は百人分しかない」
「船長を拘束する?」
「まず真意を聞こう」
「聞いたら計画が早まる」
「盗み聞きだけで反乱するのも早い」
乗員代表が船長へ遠回しに尋ねた。
「地球は大切ですよね」
「昔はな」
「今は?」
「汚染がひどい」
「住民は?」
「増えすぎた。小さいのが無数にいる」
「子どもまで……」
「動き回って手に負えん」
「船長、あなたに心は?」
「あるから明日まで待った」
反乱派は確信した。
夜、百人が制御室へ押しかける。
「地球を守れ!」
「住民を燃やすな!」
ユノ船長は目を丸くした。
「誰がそんなことを」
ケイヴが答える。
「明日、地球を切り離すと」
「言った」
「住民ごと燃焼炉へ」
「それも言った」
「自白ではありませんか!」
副長が、透明な球体を抱えて入ってきた。青い苔、池、岩を入れた小さな生態容器で、表面に〈EARTH〉と書かれている。
「船長室の観賞用テラリウムです」と副長。
「害虫が増え、カビも出たので廃棄します。住民というのはダニです」
船長は反乱者たちを見回した。
「地球環を切り離したら、この船も半分になる」
ケイヴは制御棒から手を離した。
反乱派は解散したが、船長は百人分の始末書を要求した。
「題名は?」とケイヴ。
「〈地球を守ろうとして船を危険にした件〉」
「善意が題名で相殺されています」
百年後の人類を反乱させた地球は、直径三十センチだった。