花粉を運ぶ白い筆
王妃の玻璃宮では、南国瓜の花が毎朝百輪咲き、夕方には百輪とも落ちた。
温度も水も魔法で完璧に保たれている。なのに実は一つもならない。園芸卿は種が偽物だと商人を処刑しかけ、商人は異界人の萩生花澄へ最後の鑑定を頼んだ。
花澄が宮へ入って最初に気づいたのは、虫の羽音が一度もしないことだった。
「玻璃宮は清浄だ。羽虫など一匹も入れぬ」
園芸卿ラウゼンは誇らしげに言う。
花澄は雄花を一輪摘み、白い化粧筆へ黄色い粉を取った。次に、根元が小さく膨らんだ雌花の中心へ筆先を触れる。
「花を汚した!」
ラウゼンが杖を振り上げたが、王妃が止めた。花澄は三十輪だけ同じ作業をし、茎へ白い糸を結ぶ。残りは誰にも触れさせなかった。
講義はしない。花粉を、雄花から雌花へ運ぶ。それだけだった。
二日後、玻璃宮の床には萎れた花が積もった。
糸のない雌花は根元まで黄色くなり、軽く触れると落ちる。白い糸を結んだ三十輪では、二十七個の子房が親指ほどに膨らみ、濃い緑を保っていた。
花澄は一つへ定規を当てる。受粉直後は一寸二分、二日後は二寸一分。触れていない花は縮んで一寸を切っている。
「魔力を流したのだろう」
園芸卿は、筆を奪って鑑定師へ渡した。魔力反応はゼロ。筆にはただ黄色い花粉が付いている。
さらに花澄は、商人が持参した別品種の雄花でも十輪を受粉させた。翌朝、その九輪が膨らんだ。種の偽物説は、その場で崩れた。
王妃は落ちた百輪より、育ち始めた三十六個を長く眺めた。玻璃宮から虫を締め出した者が、実りまで締め出していたのだ。
ラウゼンが「下女に毎朝百輪は無理だ」と言うと、花澄は作業札を見せた。三十輪で九分。百輪でも半刻に満たない。
王妃は処刑命令を破り、園芸卿の胸から宮の鍵を外した。
「商人との種契約は継続。花澄を玻璃宮の受粉師長に任ずる。来季の瓜一千株も、君の筆へ注文する」
白い筆の柄に、王家の金輪がはめられた。