落書き裁判、開廷

「被告人、朝倉蒼依。前へ」

宮守未央は教卓を裁判官席にし、定規を木槌代わりに叩いた。

「異議あり。被告にされた理由が分かりません」

「証拠品Aを見なさい」

窓際の机に、担任そっくりの似顔絵があった。長い眉、四角い眼鏡、口癖の「静かに」が吹き出しに書かれている。午後の補講をさぼった罰で、二人は教室の机を点検させられていた。よりによって先生の机の正面で見つけた。

「絵が得意なのは朝倉さんです」

「宮守さんは先生の物まねが得意です」

「私は吹き出し担当だと言いたいの?」

「共同正犯かも」

教室に二人しかいないのをいいことに、裁判は好き放題に進んだ。検察官も弁護人も証人も未央が兼ね、蒼依は勝手に陪審員席へ移った。

夕日が机を横から照らすと、似顔絵の線が妙に薄いことに気づいた。蒼依が指でなぞる。

「これ、インクじゃない。傷だ」

何年も前、コンパスか何かで刻まれた線へ、埃が入り込んで絵に見えている。吹き出しの「静かに」も、よく見れば「海かに」だった。

「海かにって何」

「海の蟹」

「蟹はだいたい海でしょ」

二人は腹を抱えて笑った。静かな教室ほど、笑い声は止まりにくい。窓の外を通った一年生が、不審そうにこちらを見たので、未央は定規を掲げて「傍聴禁止」の合図をした。ますます怪しかった。

未央が判決を読み上げる。

「被告人、無罪。ただし補講をさぼった罪で、机磨き十分」

「裁判長も共犯です」

「裁判長には不逮捕特権があります」

「そんな制度ない」

雑巾で机を磨くと、古い顔は少しずつ消えた。ところが最後に残った吹き出しの横へ、蒼依が鉛筆で小さく書いた。

――静かに、ではなく笑かに。

「笑かにって何」

「にこやかに、の新語」

「証拠隠滅中に新しい落書きをするとは」

未央は定規を叩いた。

「再逮捕します」

「弁護士を呼びます」

「誰を?」

「宮守未央」

「高いよ」

「購買のプリンで」

「受任します」

下校放送が流れるまで、判決は出なかった。翌朝、机の隅には小さく「審理継続」と残っていた。