落第席から星を消す
「能力なしの者に、星術は扱えん」
天文魔法科の実技試験で、教授オルフェンは榎本灯里を最後列の椅子へ追いやった。課題は天井に投影された小星を一つ動かすこと。名門の生徒たちは星座を組み替え、光の獅子や鷲を作って喝采を浴びた。
灯里の机には星図も杖もなく、退室届だけが置かれていた。試験後に署名させ、学院から追い出すつもりなのだろう。だが彼女は紙ではなく、天窓を見上げ続けていた。
灯里が見ていたのは、投影された星ではない。
学院の真上に、本物の赤い光が近づいていた。転生前、天文台で働いていた彼女には、それが流星ではなく、落下軌道に入った災厄級の星核だと分かった。
「上を止めないと、学院ごと消えます」
教授は笑った。灯里が示した軌道計算を見ようともせず、退室届へ勝手に日付を入れる。だが観覧席にいた老天文学者だけは、震える手で望遠鏡を向けた。彼が青ざめて立ち上がったときには、空の赤は肉眼でも見える大きさになっていた。「失敗の言い訳まで天体級か」
直後、昼の空が赤く染まった。結界が軋み、星核の熱で塔の尖端が溶け始める。生徒たちの小星はすべて消え、悲鳴だけが残った。
灯里の視界には、星々の名と寿命が文字になって浮かぶ。
《能力・閉幕指定――視認した天体一つへ、一度だけ終わりを与える》
彼女は落第席に座ったまま、人差し指で赤い星核を示した。
「あなたは、ここまで」
光が瞬いた。
それだけだった。
落ちてきた星核は爆発も破片も残さず、空から消えた。熱波は途切れ、溶けかけた塔の雫が途中で固まる。天文観測器は対象を探して針を振り切り、最後に《観測不能・消失》と表示して沈黙した。
灯里は立ち上がらなかった。次の星を消すことも、誇ることもしない。
教授オルフェンだけが腰を抜かして床へ座った。代わりに、中央天文院から試験を視察していた星詠み公エステルが、最上席から立つ。彼女は灯里の前まで歩き、落第席の札を自ら外した。
「小星を一つ動かす試験でしたね」
公爵は赤みを失った青空を仰ぐ。
「星そのものの進退を決める方に、席順を命じた無礼をお許しください」
最後列だった場所へ、学院中の視線が集まった。