血塗れの剣は昨日を隠せない
公爵殺しの裁判は、十分で終わるはずだった。
息子のアルノが血まみれの剣を握って発見され、本人にも記憶がない。宰相は即刻の処刑を求めた。
証拠鑑定人ザフィールは、法廷の隅で黙っていた。彼が読めるのは物の履歴だが、上官から「余計な過去を見るな」と命じられている。
【履歴鑑定:対象に起きた出来事を、新しいものから順に読み取る】
宰相が勝ち誇って剣を示す。
「凶器も犯人もここにある。鑑定人、血が公爵のものかだけ答えよ」
ザフィールは剣に触れた。
公爵の血。そこまでは皆の望む答えだった。
だが履歴はさらに遡る。気絶したアルノの手へ剣を握らせる手。公爵の背へ刃を刺す手。刃に眠り薬を塗る手。
三つとも、同じ黒曜石の指輪をはめていた。
宰相の右手にあるものと同じだった。
「血は公爵のものです」
宰相が笑う。
「そして、最後に剣を握らせたのは宰相。刺したのも宰相。薬を塗ったのも宰相です」
笑いが消えた。
「物の記憶など証拠にならぬ!」
「では、剣が覚えている場所を調べましょう」
ザフィールが告げた床板を衛兵が剥がす。そこから眠り薬の瓶、公爵の遺言書、アルノへ罪を着せる命令書が出た。宰相は昨夜、自分で隠した場所を剣の鞘で叩いていたのだ。
処刑の鐘が鳴る直前、被告席の鎖が外された。代わりに宰相の手へ鉄輪がかかる。
上官は「命令違反だ」と睨んだが、裁判長が先に言った。
「真実を見るなという命令こそ、今日から違反だ」
アルノが父の剣を受け取り、ザフィールへ深く礼をする。
傍聴席では、同じ宰相に家族を奪われた者たちが次々に立ち上がった。倉庫の鍵、毒杯、焼かれた手紙――物はどれも過去を覚えている。ザフィールが一つずつ鑑定台へ並べると、宰相が十年かけて築いた無実の仮面は一刻で崩れた。上官も命令書への署名を問われ、彼を黙らせる側から証言する側へ回った。
鳴るはずだった処刑鐘は止められ、代わりに無罪を知らせる鐘が十二回、街じゅうへ響いた。
法廷記録の職業欄に、彼の新しい肩書が自動で刻まれた。
【職業:証拠鑑定人 → 過去証跡鑑識官】