血抜きは料理の基本

 夜九時、雑居ビル地下の調理室へ三人が集まった。

 マフィアの処理係、蘇芳坂ルチアーノはボスから「今夜、大物を始末しろ」と命じられていた。

 刑事の鞆江環は、その通話を傍受して踏み込んだ。

 泥棒の雪駄町若菜は、料理学校の高級包丁を盗みに来ていた。

 教室の黒板には《本日の課題 血抜き・解体・保存》と書かれている。

「大物はどこだ」

 ルチアーノが尋ねた。

「まだ運ばれていません」と環。

「あなたも待ってるんですか」と若菜。

 三人は互いを関係者だと思った。

 環は録音機を回す。

「始末の方法を説明してください」

「まず首の近くへ刃を入れる」

「具体的ですね」

「血を抜かなければ臭いが残る」

 若菜が壁の包丁を見た。

「どれを使う?」

「骨が硬ければ、重いものを」

「証拠は?」と環。

「細かく分け、冷やして運ぶ」

「完全犯罪の講義ですか」

「料理の基本だ」

「料理?」

 ルチアーノは首をかしげた。

「ボスは『家族全員で食えるようにしろ』と言っていた」

 環はさらに青くなる。

「一家全員を?」

「いや、全員で食う」

「同じくらい怖いです」

 若菜は一番高価そうな柳刃包丁を布へ包んだ。

 環が見とがめる。

「それをどうするんです」

「持ち帰って、仕事に使う」

「あなたも処理係?」

「切るより、開けるほうが得意です」

「何を」

「扉とか金庫とか」

 若菜は言ってから口を押さえた。

 ルチアーノが感心する。

「腕のいい職人だ。うちへ来ないか」

「勧誘は署で聞きます」と環。

「署?」

 環が警察手帳を見せた。ルチアーノは包丁へ、若菜は非常口へ手を伸ばす。

 そのとき廊下から車輪の音が響いた。

 料理講師の空閑まひるが、銀色の台車を押して入ってくる。上には体長二メートルの本マグロが横たわっていた。

「遅くなりました。本日の大物です!」

 ルチアーノは魚を見て、携帯電話のメッセージを読み直した。

『ボスの誕生日。マグロを始末して、家族全員で食えるように』

 環は録音を止めた。

 若菜だけが包丁を背中へ隠す。

「では私は、見学で」

「見学者は包丁を持ち帰りません」

 環は今度こそ、正しい相手へ手錠を出した。