見送りの向こう側
「見送りは、友達の役目だから」
日下部深雪は、空港へ来なくていいと言う瀬名壮真へそう返した。
深雪は来週から一年、台北の大学院へ留学する。壮真とは社会人になってからも週に一度会い、互いの家の合鍵こそ持たないものの、体調も冷蔵庫の中身も知っていた。
それでも二人は友達だった。
出発ロビーで、壮真は深雪のスーツケースを預け、重量超過がないことまで確認した。搭乗口へ向かう時刻になっても、いつものような冗談を言わない。
「一年なんて、すぐだよ」
深雪が言うと、壮真はうなずいた。
「友達なら、待てる」
その言葉が胸に刺さった。深雪は遠距離を理由に、始まっていない関係へ蓋をしたかった。友達なら約束を守れなくても責めない。会えない寂しさを口にしなくても済む。
保安検査場の手前で、壮真が封筒を渡した。
中には航空券の控えが三枚。二か月後、五か月後、九か月後。すべて東京から台北への往復便で、搭乗者名は瀬名壮真だった。
さらにスマホの予定表には、毎週水曜の二十二時に《深雪と夕食》と入っている。時差を計算した時間だった。
「これ、全部?」
「行けない週があったら振り替える。友達の役目じゃないけど」
壮真はそう言い、深雪の手を取った。荷物を預けるときも、記念写真を撮るときも触れなかった手だった。検査場の列が進んでも、指をほどかない。
深雪は自分の予定表に三枚の便を登録し、最初の日へ《壮真が来る》ではなく、《深雪と壮真が会う》と入力した。
「一年後の予定は?」
「深雪が帰る日に、また見送りに来る」
「帰るのに見送るの?」
「そのときは、俺の部屋まで」
深雪は笑い、つないだ手を胸の前へ引き寄せた。
「壮真。次に会うまで、友達って呼ばないで」
名前で呼び返され、搭乗案内が響く。二人は最後の一歩まで手を離さず、指先が届かなくなってからも互いの予定表を見せ合った。
見送りは友達の役目だった。
けれど待つ日を三つも先に置いた彼は、深雪を旅立たせたのではなく、帰る先を作った。