誰も疑わなかった偽報

諜報参謀ラスティンが追い出された翌朝、秘密局へ一枚の報告書が届いた。

――財務卿、今夜北門から亡命。

情報源は、過去に三度正しい情報を寄こした酒場の給仕。局長エデュラは疑う者を臆病者と呼び、監視員を全員北門へ集めた。

夜になって現れたのは、財務卿ではなく荷車十二台の大道芸人だった。

同じ時刻、無人になった南側の文書庫へ何者かが入り、隣国工作員の名簿を焼いた。さらに北門に集まった監視員の顔を、屋根の上から敵の絵師が一人ずつ写していた。

正しい情報を三度出した給仕は、四度目に局そのものを売ったのだ。

「裏切るなど予測できるものか!」

エデュラは机を叩いた。

だがラスティンは、給仕の報告に毎回「本人が見た」「客から聞いた」「金を要求した」という印を付け、信頼度を別々にしていた。今回は本人が見ておらず、報酬だけが十倍。彼なら北門へ囮を二人置き、文書庫の警備を増やしていた。

報告書の余白にある小さな三角印を、皆は彼の落書きだと思っていた。

焼けた名簿には、敵国で十年潜伏した者の本名も含まれていた。彼らは一晩で潜伏先を捨て、積み上げた信用も家族も置いて逃げるしかない。秘密局は偽報一枚で、十年分の情報網を自ら明るみに出したことになる。

局員が過去の報告を読み返すと、給仕の三度の正報はいずれも、誰にでも見える出来事を半日早く伝えただけだった。三角印は「正しいが、深い情報源ではない」という警告だった。ラスティン以外、誰も印の意味を聞こうとしなかった。

その頃ラスティンは、地方裁判所で盗賊団に関する証言を並べていた。

「同じ噂を十人が話しても、出どころが一人なら証拠は一つです」

彼が線を引くと、十枚の証言は一軒の宿屋へ収束した。宿主を調べた結果、無実の行商人ではなく本物の盗品倉庫が見つかった。

裁判長カムラは、ラスティンを記録係ではなく調査参謀として採用した。

「疑うのは人ではない。情報がここまで来た道を調べるのだな」

翌朝、秘密局の黒鳩が窓を叩いた。名簿再建のため至急帰還せよ。給金は二倍、過去の処分は抹消する、と暗号で書かれている。

ラスティンは暗号を解き、平文で返した。

「秘密局との参謀契約は、追放命令の発効時刻に終了しています」