警笛より速く
戸波晴矢が「国家なんか燃やせ」と歌い、宮前紗英がギターを止めた。
「その歌、警察官が歌っていいの?」
「まだ採用候補者」
「来月からは?」
「職務中は歌わない」
高架下の倉庫を借りた練習場に、貨物列車の警笛が響く。三人のパンクバンド〈非常口〉は、音量で列車に勝つことだけを目標にしてきた。
熊谷匠がバスドラムを一度踏んだ。
「最後の日まで喧嘩するなよ」
「匠はどっちの味方?」と紗英。
「旋盤の味方。四月から親父の工場」
匠の父の工場は赤字だった。大学院へ行くと言っていた匠が戻ると決めたのは、昨日だ。
紗英は卒業を一年延ばし、労働相談のNPOに入る。晴矢は警察学校へ行く。匠は油の匂いが染みた作業着を着る。三人とも、高架下で叫んでいた頃とは正反対の服を選んだ。
「晴矢、私たちを止める側になるんだね」
「お前が何する前提だよ」
「止められるようなこと」
「じゃあ手加減しない」
晴矢は笑ったが、紗英は笑わなかった。
最後の曲は、三人で最初に作った二分一秒の速い曲だった。晴矢の声は警笛に割れ、紗英のギターはコードを外し、匠のキックはいつもより重かった。
二番の途中、貨物列車が真上を通った。床が震え、天井の埃が落ちる。晴矢はさらに声を張り、紗英も歪みを上げ、匠はペダルを踏み抜く勢いで叩いた。
それでも警笛のほうが大きかった。入学した年、初めてここで鳴らした夜も同じ列車に負けた。そのとき三人は、卒業までに必ず追い越すと本気で約束していた。
曲が終わると、紗英は壁から手書きの宣言文を剥がした。〈黙るくらいなら、間違えて叫べ〉。一年生の晴矢が書いたものだ。
「持ってけよ」と晴矢が言う。
「警察学校に飾れば?」
紗英は紙を二つに裂き、半分を晴矢へ渡した。残り半分は匠のバスドラムの下へ差し込んだ。
三人が倉庫を出ると、次の貨物列車が通った。誰も競うように叫ばなかった。もう勝ち負けを決める相手ではなかった。
暗い室内では、破れた言葉のちょうど境目に、空のマイクスタンドが立っていた。