赤い既読
二十九歳の櫟原亮成は、匿名掲示板の管理人から「返書」というチャットアプリの調査を頼まれた。インストールした利用者が失踪するという通報が続き、配布ページだけが毎晩別のURLへ移動していた。
アプリの説明欄には、山間部で行われた《朱文返し》の記録が引用されている。死者の名を紙に書いて戸口へ置くと、翌朝、朱色の返事が届く。ただし読むのは葬家の外の者でなければならない。
画面上の規則は一行だった。
《赤い吹き出しには、既読を付けてはいけない》
亮成は検証用アカウントで、十年前に亡くなった叔父の名を入力した。午前二時、灰色のトーク画面へ赤い吹き出しが現れる。
〈こっちは人数が足りない〉
通知だけで全文が読めた。開く必要はない。ところが管理ログには、赤いメッセージを開いた瞬間だけ取得できる識別番号がある。原因究明には必要だと考えた。
亮成は一度だけ、吹き出しをタップした。
〈既読 1〉
続けて赤い文字が増えた。
〈読んだ者を差出人とする〉
画面が閉じ、アプリは消えた。識別番号も残らない。代わりに、普段使うメッセージアプリの送信履歴が変わり始めた。
母への「週末帰る」が赤い吹き出しになる。同僚への業務連絡も、友人へのスタンプも赤い。相手が開く前に削除しようとしても、送信取消の表示は〈返書済み〉だった。
掲示板の管理画面では、失踪者の報告スレッドがすべて亮成のアカウントによる投稿へ書き換わっていた。投稿日は彼が小学生だった年まで遡る。本文は同じ一文で終わっている。
〈赤い文字を読んだ。次は管理人が書く〉
削除操作をするたび、新しい読者数が一人増えた。
翌朝、亮成は会社のチャットへログインできなかった。プロフィールには〈このユーザーは退会しました〉。人事へ電話すると、担当者は「櫟原さんは昨夜、全社員に訃報を送っています」と震えた声で言った。
送信済みフォルダには、覚えのない一斉通知がある。
〈櫟原亮成が亡くなりました。本文を開いて確認してください〉
既読者はすでに二十三人だった。
スマートフォンに母から短い返信が届く。赤くない、普通の吹き出しだった。
〈亮成、これを読んだら電話して〉
タップしようとした瞬間、画面上部にいつもの表示が出た。
〈差出人:櫟原亮成〉