赤糸の花嫁

結婚式場の映像スタッフ、神代琢磨は、茅妻村の「藁嫁迎え」を記録する仕事を受けた。二十五歳、独身。人形は新しい藁で作られているのに、髪だけが湿って重く、櫛を入れると土の匂いがした。屋敷の座敷には新郎用の座布団が一枚、琢磨の靴の大きさに合わせて窪んでいた。

祭りでは等身大の藁人形を花嫁に見立て、村境から古い屋敷まで運ぶ。

村の婚姻台帳では、藁嫁は毎年違う家へ迎えられるのに、花嫁名は百年以上『茅子』のままだった。新郎欄だけが空白で、ところどころ赤い糸の繊維が紙に挟まっている。恋愛を面倒だと言ってきた琢磨は、そんな作り話より撮影尺と照明を気にしていた。

撮影前に渡された進行表には、一文だけ太字で印刷されていた。

《藁花嫁の髪を、赤い糸で結んではいけない》

本来は白い麻糸を使う。だが本番直前、強風で糸が切れた。保存会の係は替えを探しに走り、撮影開始時刻が迫る。琢磨の機材袋には、マイクケーブルを束ねる赤い糸しかなかった。

映像の段取りを止めたくない。すぐ外せばいいと考え、一度だけ藁の髪を赤糸で結んだ。

結び目を締めたとき、人形の胸元で乾いた音がした。藁の中から婚姻届が落ちた。夫の欄には「神代琢磨」、妻の欄には「茅子」と書かれている。生年月日の欄はどちらも空白だった。

係が戻ると、婚姻届も赤糸も消え、花嫁の髪は白い糸で整っていた。撮影データにも異常はない。琢磨は自分の勘違いとして編集を終えた。

編集した祭り映像の音声には、どの場面にも藁が畳を擦る足音が二人分入っていた。

数日後、使っていた恋活アプリから通知が来た。

《おめでとうございます。交際ステータスが更新されました》

相手は「茅子」。プロフィール写真には、あの藁人形が写っている。居住地は「神代琢磨の部屋」、関係は「配偶者」。解除しようとすると、「婚姻中のため退会できません」と表示された。

カレンダーには、七十三年前から毎年同じ日に「結婚記念日」が登録されていた。未来の予定まで消せない。

午前零時、連絡先へ新しい名前が加わった。

《妻》

すぐにメッセージが届く。

【妻】もう家に着きました。

【妻】鍵は開けなくて大丈夫です。

琢磨が玄関を振り向くと、内側のドアノブに、濡れた赤い糸が固く結ばれていた。