返却期限

返却期限は、彼女の葬儀の翌日だった。

図書館から届いた通知を見つけたのは、遺品を段ボールへ詰めているときだ。『遠雷の標本』。古い気象学の本で、貸出日は事件の三日前になっていた。彼女らしくない本だったが、栞には細い字で、雲の名前がいくつも書き込まれていた。

彼女は借りた物を一日でも長く持つのを嫌った。読み終えた本の角をそろえ、帯まで元の位置へ戻す人だった。だから通知を放っておくことだけは、ひどく不誠実に思えた。

私は司書に電話し、代わりに返すと伝えた。

閉館間際の図書館は、雨のせいで人が少なかった。自動扉の向こうに、濡れた紙と床用ワックスの匂いが混じっている。本を胸に抱えると、五百ページほどの見た目にしては妙に重かった。

「返却箱でも大丈夫ですよ」

入口の司書が言った。

「本人が大事にしていた本なので、棚まで見届けたいんです」

我ながら、よくできた理由だった。司書は少し迷ったあと、返却処理をし、請求記号を書いた紙を挟んでくれた。

二階の自然科学書架へ向かう。階段を上るたび、本の背で硬いものがかすかに動いた。私は咳をして音を隠した。

棚の一番奥には監視カメラがない。窓からの逆光で、通路全体が白く沈んでいる。私は番号を追い、『遠雷の標本』が戻る場所を探した。

途中、若い司書が追いついてきた。

「その本、修理したばかりなんです。背が割れやすいので、こちらで棚に戻します」

「大丈夫です。最後まで自分で」

声が強くなりすぎた。私は笑い、彼女が死ぬ前夜、この本の話をしていたのだと付け足した。嘘ではない。彼女は電話で、「あなたの本を見つけた」と言った。そのあと、会いに行った。

司書は一礼して離れた。

指定の場所には、同じ大きさの本が隙間なく並んでいる。私は『遠雷の標本』を押し込んだ。革張りの背がこすれ、中で金属が一度だけ鳴る。

返却期限に間に合わせたかったのは、彼女のためではない。

明朝、警察が私の部屋を捜索する。彼女を黙らせた細い文鎮は、切り抜いた五百ページの中で、何千冊もの背表紙と同じ顔をして眠った。