返品できないマント

鳴海珠莉宛ての巨大な荷物が会社へ届いたのは、月曜の午前十一時だった。

段ボールの側面には、太い赤字で《魔王軍・即位式用マント/折曲厳禁》と印刷されていた。

通販サイトの配送先を、経費で買った文具の住所から戻し忘れたのだ。マントは個人の仕立て屋へ頼み、前金も含めれば一か月分の家賃に近い。箱ごと消えるよりはましなのに、受け取りに行く足が重かった。

珠莉は法務部の席で、内線を握ったまま固まった。平日は黒縁眼鏡と紺のスーツ。歓迎会でも端に座る自分が、週末には角をつけ、三メートルの裾を引いて魔王になることを、誰も知らない。

地下の荷物室へ行くと、段ボールを囲んで三人が笑っていた。

「鳴海さん、魔王軍なの?」

同じ部署の男性が、梱包テープへ指をかける。

「中、見せてよ。会社に届いたんだし」

その手を、部長の木瀬が書類ばさみで軽く押さえた。

「会社に届いた私物でも、開封権まで会社に移転しない」

いつもの契約審査と同じ声だった。

「鳴海さん、受領印を。次から配送先に注意してください。以上」

笑っていた人たちは散った。

珠莉は段ボールを抱えたが、大きすぎて前が見えない。木瀬は無言で台車を出し、エレベーターまで押してくれた。

「申し訳ありません」

「情報管理の問題は注意します。ただし趣味の内容は問題にしていません」

木瀬は箱の赤字を見た。

「ずいぶん重要な即位式のようですが」

珠莉は思わず吹き出した。

「半年かけた合わせなんです。私だけマントが間に合わなくて」

「では返品はできませんね」

席へ戻ると、段ボールはパーティションより高かった。

珠莉はコピー用紙を何枚かつなぎ、無地の紙で文字を隠そうとした。けれど、さっき勝手に開けられそうになった怖さと、木瀬が線を引いてくれた安堵を思い出す。隠すべきなのは趣味ではなく、住所を間違えた事実だけだ。

「それ、本当に着るの?」

隣席の女性が小声で尋ねた。

珠莉は箱を撫でた。

「はい。土曜に、私が魔王になります」

退社時、台車の上で《折曲厳禁》の文字が堂々と揺れた。珠莉は紙をかけず、そのまま正面玄関を通った。