返品箱を開けた朝

白い箱には、赤い返品票が貼られていた。

「ただの色違いです。開けるほどでもありません」

商品統括の美濃部は、前回と同じ言葉で箱を棚の下へ押し込もうとした。

化粧品通販会社《リュシュ》の社長、早乙女茉莉は、その箱を両手で止める。一度目の人生では、新商品の出荷初日だった。美濃部を信じて返品を無視し、二万本を送り出した翌日、肌の炎症報告が殺到した。製造番号を隠した美濃部は競合へ移籍。全商品回収と決済会社の停止で、茉莉の会社は一か月も持たずに破綻した。

廃業通知を送信したはずの指が、今は白い箱の蓋にかかっている。

発送場では、スタッフが薄桃色の緩衝紙を折っていた。二万個の箱はすでに宛名を待っている。止めれば損失、出せば売上――前回はそう考えた。今は違う。客の肌を代金に替える売上など、最初から存在しない。

「ただの色違いなら、みんなの前で開けましょう」

「衛生上、返品品は――」

「検査室で開ける。あなたも来て」

透明フードの中で封を切ると、甘いはずの美容液から金属のような臭いがした。瓶の底には薄い灰色の沈殿。ラベルの製造番号だけが、上から貼り替えられている。

美濃部の額に汗が浮く。

茉莉は品質担当へ命じた。

「同じ番号の出荷を全停止。保管見本を分析して、決済会社と保健所へ先に報告する」

「社長、自分から事故扱いにしたら信用を失います」

「隠して客の顔を傷つけるより、ずっとましよ」

保管見本の原料記録には、承認されていない安価な保存剤が記載されていた。発注者は美濃部。差額の振込先は、彼の妻名義の会社だった。

午前十時。前の人生では通販モールから「全店舗停止」の通知が届いた時刻だ。

茉莉のスマートフォンが震える。

『対象ロットの自主隔離を確認。安全な既存商品は販売継続可能です』

その直後、一番最初に返品した客から返信が届いた。

『ちゃんと開けてくれたんですね。調査結果を待ちます』

前回は怒りしか返ってこなかった相手が、今度は初めて、待つと言ってくれた。