迷宮の右を訳せ
荷運び人バレクは、方向音痴の翻訳士として有名だった。
地上の東西南北は分かる。だが彼のスキルは、古地図にある方向語を別の基準へ直すだけで、剣士たちは「矢印すら自力で読めない」と笑った。
【固有スキル《座標翻訳》:方向を表す情報を、指定した観測者または空間の基準へ置き換える】
回転迷宮の最下層で、勇者隊は宝箱を開けた。直後、床と壁が九十度回り、入口が天井へ移る。左右から石壁が迫り、残り一分で全員が潰される。
唯一の脱出文は、像の台座に刻まれていた。
《鐘が三度鳴る時、正しき者の右へ進め》
勇者は羅針盤の東を右と決め、壁を殴った。何も起きない。
「荷物持ち、最後に何か運べるか?」
「出口なら運べません。でも『右』は訳せます」
バレクは台座へ手を置いた。指定する観測者は自分でも勇者でもない。文章を発した石像だ。
像の目は閉じ、両手は胸で組まれている。だが迷宮が回転するたび、像の内部にある重りだけは重力へ従い、隠された身体の向きを変えていた。
翻訳された矢印は、勇者が叩いた壁ではなく床を指した。
正しき者とは「姿勢を天地へ合わせ続ける像」。その右は、現在の床下だった。
三度目の鐘が鳴る。
バレクが矢印を迷宮自身の座標へ再翻訳すると、石床が扉として認識された。足元が横へ開き、全員は細い通路へ滑り込む。迫った二枚の壁は空振りし、勇者の剣だけを挟んで粉々にした。
「方向音痴ではなかったのか」
「あなた基準の右に興味がなかっただけです」
通路の先でも、天井と床は鐘ごとに入れ替わった。今度は誰も勇者の羅針盤を見ず、バレクが示す矢印だけを追う。荷物持ちを最後尾へ置いていた隊列は逆になり、彼が止まれば全員が止まった。
最深部の出口には《発見者を先頭とせよ》と刻まれている。勇者が前へ出ると扉は閉じ、バレクが立つと開いた。迷宮が認めた発見者は、宝箱を開けた者ではなく、出口の意味を見つけた者だった。契約石は報酬の半分を彼の名へ移す。
閉じた迷宮扉の向こうで剣が砕ける音がし、バレクの職業名が光った。
【職業《地図翻訳士》が上位職《界路翻訳者》へ書き換わりました】