退職日は四十五歳

荒屋敷嵩人は、二十二歳で二十五年を売った。

父の借金を肩代わりし、妹を大学へ行かせるには、それしかなかった。健康な若者の一年は高く売れる。契約後の予測死亡年齢は四十五歳。担当者は「太く短く生きられます」と笑った。

嵩人は時間を惜しむようになった。

残業を断り、興味のない飲み会へ行かず、恋人には初めてのデートで余命を告げた。多くは離れていった。残った一人と結婚したが、子どもはつくらなかった。十歳になる前に父親を失わせたくなかったからだ。

三十代になると、周囲は家を買い、昇進し、老後資金を積み立てた。嵩人だけが、持ち物を増やさず、毎年違う町へ旅した。

「自由でいいね」と羨ましがられた。

嵩人は笑った。自由ではない。期限が短いから、選ばなかった道を正当化しているだけだった。

四十四歳の誕生日、会社を辞めた。残り一年を妻と過ごすためだ。ところが妻は荷物をまとめていた。

「私、あなたといると、ずっと来年がない」

二人は別れなかった。だが妻は、自分の店を開くため半年だけ別の町へ行った。嵩人は初めて、一人で余命を迎えることになった。

予測死亡日の前夜、妹が訪ねてきた。大学を出て医師になった彼女は、封筒を差し出した。

「二十五年、買い戻せる」

妹は長年貯めた金と、自分の寿命五年を用意していた。

嵩人は受け取らなかった。

「お前の人生を助けたかったんじゃない。俺の人生をお前に預けたくて売ったわけでもない」

「でも兄ちゃんは、私のせいで」

「父さんの借金のせいだ。お前のせいにしたら、俺が選んだことまで奪う」

翌朝、嵩人は目を覚ました。

一日、三日、一か月。死ななかった。寿命予測には誤差があり、売却は確率を削るだけで、日付を確定するものではなかった。

嵩人は途方に暮れた。四十五歳以降の人生を一度も考えていない。貯金も仕事も、妻との約束もなかった。

彼は妻の町へ行き、店の看板を取り付けるのを手伝った。復縁を迫らず、まず翌週の予定を決めた。

五十歳になった嵩人は、まだ老後資金を持たない。だがカレンダーには、一年先の約束が書かれている。

売った二十五年は戻らない。それでも彼は、期限の外側で初めて、未来を浪費するぜいたくを覚えた。