逃げるゴール
仙石ナオが黄金門へ近づくたび、距離表示は増えていった。
《追従ゴール》
走者がゴールへ一メートル進むと、ゴールも同方向へ一メートル移動します。
《残距離:100m》
全力で百メートル走っても百メートル。転移しても門は同じだけ先へ逃げる。攻略者たちは速度を上げ続け、世界の端まで追いかけた。
ナオは足元の初期コンパスを開いた。
《帰路針》
常に開始地点を指します。
ゴール座標との距離:0m。
開始地点とゴール座標が同じ。
目の前の黄金門は映像で、本体は背後の村にある。走者が前へ進むたび、投影像も同じだけ遠ざかる仕組みだ。
ナオは振り返った。
仲間が叫ぶ。
「逆走したら記録が伸びるぞ!」
ナオは開始村へ向かって走る。黄金門は前方からこちらへ近づき始めた。百メートル、五十、十。
村は競技開始時のまま静かだった。門番NPCが、誰も帰らない道を掃除している。
「おかえりなさい」
ナオが出発線を踏むと、黄金門が村の入口へ重なった。計測は世界一遅い、三時間十四分。
他の走者はまだ世界の端で、逃げる門を追っている。
ナオは門を開ける。向こうにあったのは次のステージではなく、ゲームへ転移する前の自室だった。
《逆走ペナルティ:三時間十四分》
《ゴール座標への到達を確認》
村の門番は、ナオが出ていった日の姿のまま年を取っていなかった。競技が始まるたび世界の時間は前方へだけ引き延ばされ、開始村は置き去りになっていたのだ。
ナオが戻ると、止まっていたパンの匂い、井戸の水音、夕方の鐘が一斉に再生される。
世界の端を走っていた攻略者たちの足元にも、帰路針が点灯した。速い者ほど遠くにいる。帰るには、これまで稼いだ距離をすべて逆向きに走らなければならなかった。
門番は掃除道具を置き、ナオと一緒に村の鐘を鳴らした。音は世界の端まで届き、前へ走り続ける者の画面へ《帰還方向を再計算》と表示される。
ナオの三時間十四分は、無駄に遠ざかった時間ではない。どれだけ遠くまで行っても、帰路を選び直せることを証明した距離だった。
《本競技の目的を表示します――前へ進み続ける速さではなく、出発した場所をゴールとして思い出す速さ》