連帯保証人の印影
宇賀神家の夕食には、いつも契約書が一枚混じっていた。
義父・剛志の工務店が苦しくなるたび、義母の睦美は更紗へ印鑑を求めた。
「家族なんだから助け合いなさい」
夫の孝範も母の横でうなずく。
「父さんの会社が潰れたら、お前だって困るだろ」
更紗が断ると、三人は無言で食器を下げ、翌朝まで口を利かなかった。
ある日、知らない銀行から三千万円の返済督促が届いた。連帯保証人欄には、更紗の名と実印そっくりの印影があった。孝範は封筒を見るなり言った。
「母さんがうまくやってくれたんだ。もう契約済みなら、お前も働いて返すしかない」
一週間後、睦美は追加融資の書類を食卓へ置いた。
「今度は自分で押して。前と同じ印なら怪しまれないから」
更紗は朱肉の代わりに、鑑定書を載せた。
印影は、孝範が勝手に持ち出した実印を複写して作ったもの。署名は睦美の筆跡。剛志が銀行へ提出した面談記録には、存在しない更紗との会話まで記されていた。司法書士、印章鑑定人、銀行の内部調査がすでに一致している。
孝範の箸が止まった。
「家族を犯罪者にする気か」
玄関から更紗の弁護士が入った。
「犯罪にしたのは、署名した方々です。保証契約の無効確認に加え、印鑑冒用、経済的虐待、婚姻破綻について、三名へ慰謝料千五百万円を含む総額二千六百万円を請求します」
剛志が胸を張る。
「保証が無効なら、うちの借金も消えるんだろう」
「いいえ。銀行は本日、期限の利益を喪失させました。会社と、真正な保証人である剛志さん、睦美さん、孝範さんへ全額請求します」
門の外で車が止まり、銀行の債権管理担当と執行官が降りてきた。工場、重機、自宅土地への仮差押決定を携えている。
睦美は更紗の実印を握りしめた。
「取り下げなさい。あなたも宇賀神家でしょう!」
更紗は、家族のために使えと預けさせられた実印を見つめ、首を振った。
その直後、弁護士の携帯に連絡が入った。
「告訴状、受理されました」
食卓の向こうで、孝範が初めて母の手から印鑑を取り落とした。