鉱山王のやわらか肉
山腹食堂《木槌》の店主ジオンは、肉を形がなくなるまで煮る。歯応えを誇る鉱山町では、それは弱者の料理だと笑われた。
開店初日の夕方、戸口を塞ぐほど大きなドワーフが入ってきた。鉱山長ボルグン。岩のような顎を布で縛り、片側の頬を腫らしている。
正午の落盤で奥歯を割った。それでも夜明け前には救助坑の先頭に立たねばならない。腹は空だが、町の黒パンも燻製肉も噛めず、水だけで大槌を振るえば途中で倒れる。
「柔らかいものを出せ。ただし粥は嫌だ。俺は病人じゃない」
ジオンは笑わず、鍋の蓋を開けた。岩牛の肩肉を六刻煮た《やわらか肉》を、煮汁ごと深皿へ移す。刃物は添えず、木匙一本だけを置いた。湯気には黒胡椒と根菜の甘い匂いが混じっている。
ボルグンは不機嫌そうに匙を当てた。肉は抵抗もなく裂け、繊維の一本一本が濃い汁を吸っている。腫れていない側の歯でそっと噛むと、力を入れる前にほどけた。
「これは、肉なのか」
「岩牛です。硬いまま出すより、ずっと時間がかかる」
二口目から、彼は病人のような遠慮をやめた。匙が皿の底を叩き、肩肉の塊が次々に消える。噛めない屈辱で曇っていた目に、いつもの荒い光が戻っていく。
半分食べたところで、ボルグンは右腕を曲げ伸ばしした。最後の一口を飲み込むと、入口脇に立てかけてあった救助用の大槌を片手で持ち上げる。来たときは引きずっていたものだ。
「腹に重くないな」
「煮汁へ脂を落としてあります。坑道で吐いたら困るでしょう」
ボルグンは鼻を鳴らした。笑ったら顎が痛むのだろう。
「誰が、俺が坑道へ戻ると教えた」
「その槌を食堂へ持ち込む客は、休みに来ません」
代金は銅貨七枚。だが彼は掌ほどの鉱石札を置いた。鉱山の食堂へ肉を納める権利を示す札だった。
「明日の夜、救助組三十人分。全員、歯は丈夫だが、疲れれば硬い肉など噛みたくない」
「柔らかい料理は、弱者のものでは?」
ボルグンは大槌を肩へ担ぎ、腫れた頬のまま振り返る。
「今そう言った奴がいたら、俺の代わりに噛んでもらう」
扉が閉じると、山の奥から救助開始の鐘が鳴った。ジオンは残った煮汁へ、次の肩肉を静かに沈めた。