銅貨一枚の国家予算

綾瀬京介の鑑定結果は、空の財布より簡潔だった。

《魔力〇》

《職業・なし》

「魔力ゼロ。異界の乞食を養うために、国庫を開いたのではないぞ」

財務大臣が吐き捨て、記録官へ追放欄に印を押させた。

召喚の間には、勇者候補の価値を測る黄金の天秤がある。左皿へ候補者の血を、右皿へ王国金貨を載せ、どちらが重いかで待遇を決める仕組みだ。剣士は金貨百枚、魔術師は千枚。京介の血には、欠けた銅貨一枚でも皿が動かなかった。

けれど彼にだけ見える表示には、妙な能力名が浮かんでいた。

《絶対価値》

触れた物ひとつの価値を、一度だけ決定する。決定後、世界が支払い能力を判定する。

京介は元の世界で、小さな会社の経理をしていた。数字が合わないときは、怒鳴る前に前提を疑う。

「この天秤、価値なら何でも量れるんですか」

財務大臣が鼻を鳴らす。

「神々が定めた相場を量る。お前には理解できまい」

京介は右皿の欠けた銅貨を摘まんだ。王の横顔が潰れ、穴まで開いている。誰も拾わないような一枚だ。

「では、これの価値を国家予算十年分にします」

笑いが起きる。

京介は銅貨へ一度だけ触れた。

《絶対価値》

黄金の天秤が、轟音とともに右へ落ちた。

床が割れ、天秤を支える神鋼の柱が曲がる。壁一面の《世界勘定簿》が勝手に開き、王国の鉱山、港、穀倉、宝物庫の評価額を次々に合算した。それでも足りない。数字は赤くなり、最後に王冠そのものへ差押えの光が灯る。

《支払い能力不足》

《債権者:綾瀬京介》

《王国総資産を担保登録》

笑い声が消えた。

財務大臣は椅子を蹴って立ち上がり、帳簿へ駆け寄る。何度計算しても表示は変わらない。玉座の王まで立ち、頭上で赤く点滅する差押え印を見上げた。

京介は銅貨を指先で弾き、受け止める。

「国庫を開けとは言いません」

その一言で、大臣の顔にわずかな安堵が浮かぶ。

「まず、追放欄の印を消してください。債権者との交渉は、それからです」

記録官は紙が破れそうな勢いで印を削った。

さっきまで一銅貨の値もつかなかった男を、王国の全員が最大の債権者として見ていた。