錆びた呼び鈴に村が帰る

霧が晴れても、村人は帰ってこなかった。

宿屋の女将ミレナは、空の食堂に二十七人分の朝食を並べた。昨夜、霧鹿の王が村を通り抜けた瞬間、外にいた者たちは白い霧へ消えた。討伐隊は王を倒したが、迷い込んだ者の出口までは分からない。

霧鹿が落とした品は一つ。錆びて音も悪そうな、宿の卓上呼び鈴だった。

【C:古い呼び鈴】

【客を呼ぶときに鳴らします】

冒険者は舌打ちし、報酬を置いて去った。

ミレナは鈴を磨かなかった。消えたパン屋の粉、鍛冶師の煤、子どもの指跡が宿の品々にはいつも付いている。きれいにするより、そのままの方が帰る場所らしいと思った。

彼女は玄関の扉をいっぱいに開けた。

白い道の向こうには誰もいない。ミレナは食堂へ戻り、呼び鈴を一度だけ押した。

ちん、と頼りない音がした。

その音は宿の中ではすぐ消えた。けれど霧の迷路では、二十七人それぞれの背後に同じ扉を作った。

最初に入ってきたのは、片方の靴をなくした少年だった。次に、赤ん坊を抱いたパン屋。鍛冶師、羊飼い、薬師。皆、玄関ではなく、食堂の壁や戸棚や暖炉の影から転がり出てくる。

「鐘が聞こえたんだ」

「帰ってこいって、いつもの音が」

二十六人まで戻ったところで、ミレナは空いた一脚を見た。霧の中へ薬を届けに出た老医師の席だ。鈴はもう鳴らしていない。それでも食堂の奥、彼がいつも外套を掛ける釘の下に細い扉が開いた。

老医師は薬箱を抱えたまま転がり込み、「呼ばれたから診療を切り上げた」と、昨夜と同じ調子でぼやいた。

呼び鈴はもう冷たいはずなのに、ミレナの掌には火鉢のような温かさが残っていた。

最後に村長が現れたところで、朝食の湯気はまだ残っていた。

ミレナは人数を数え、二十七人目へスープを渡した。それから自分の椅子に座る。誰も礼を言い終えないうちに、食堂は匙と皿の音で満ちた。

錆びた鈴の表面から、灰色の皮膜が一枚だけ剥がれる。

【帰還対象二十七名、欠員ゼロ】

【世界初取得――UR《帰る場所の呼び鈴・ホームベル》は、あなたの宿を座標に選びました】