鍵穴の粉
証拠庫の鍵穴から出た銀色の粉を見て、金森由良監察官は手を止めた。
薬物事件の押収品が一袋消え、保管係の巡査が疑われている。入退室記録は巡査のカードだけ。監視映像は点検中。本人も「鍵を机へ置いた時間があった」と認め、処分案はほぼ固まっていた。
立会人の久保庭正志監察課長が言った。
「採取は不要だ。鍵穴は古い。金属粉くらい出る」
由良は綿棒で粉を取った。顕微鏡へ載せると、粒子はアルミニウムではなく、型取り用の低融点合金だった。鍵穴へ流し込み、内側の形を写して複製鍵を作る。しかも粉には青い蛍光剤が混じっている。
県警でその合金を使うのは、監察課の侵入検証キットだけだった。
「キットの管理簿を見せてください」
久保庭の声が硬くなる。
「監察手法は機密だ」
「証拠庫へ使った記録は?」
「ない」
保管係の巡査は、半年前、捜査員が押収薬物を横流ししていると監察へ申告していた。調査は「根拠なし」で終わり、その直後に本人のカードで証拠が消えた。彼を失職させれば、申告も虚偽だったことにできる。巡査は隣室で、幼い娘の写真を握ったまま、自分が盗んだと書けば退職金を残すと言われていた。鍵穴の蛍光剤は、前月に久保庭が実施した研修資料の写真とも色が一致した。
由良は侵入検証キットの貸出台帳を開いた。事件前夜の持出者は久保庭。返却欄だけ、別人の印で埋められている。
「訓練だ」
「訓練先が空欄です」
「監察が監察を疑えば終わりだぞ」
久保庭は低く言った。
「我々が信用を失えば、不祥事を止める者がいなくなる。巡査一人の処分で薬物横流しも収まる。どちらが組織のためか考えろ」
由良は粉の入った小瓶を封じた。封印紙へ採取場所、時刻、立会人名を書く。
久保庭が小瓶を取ろうとした。
由良は一歩退き、貸出台帳と一緒に透明袋へ入れた。証拠番号の欄へ、監察課を示す「KS」を記す。
「止める者がいないなら、監察も止められる側です」
彼女は袋を課長の机ではなく、公安委員長宛ての施錠箱へ落とした。