鐘の余韻を削る

鋳物会社で、鋳方矩人だけが完成した鐘をすぐ出荷しなかった。

吊り上げた鐘を木槌で打ち、余韻が消えるまで目を閉じる。翌日も打ち、内側を薄く削り、また聞く。見た目は変わらず、重量は数十グラム減るだけだった。

社長の石動銅一は、その一週間を無駄と呼んだ。

「鐘を叩いて首を傾げるだけで職人面か。検査機の数値は合格だ。給料泥棒は今日までにする」

矩人は、創業以来の寺院から依頼された大梵鐘を調律する直前に解雇された。

石動は検査票へ判を押し、予定を二週間早めて納品した。除夜の試し撞きで、鐘は最初こそ大きく鳴った。だが余韻の途中に濁った唸りが混じり、三度目には縁から細い亀裂が伸びた。中継映像は打ち切られ、寺は受け取りを拒否した。

同じ型で鋳た学校の鐘にも音程のずれが見つかった。返品が続き、石動は「材料のせいだ」と主張したが、成分表は規格内だった。熟練者を減らして納期を縮めた記録だけが、社内の工程表に残っていた。誰も、冷却時に生じる厚みの偏りを耳で探せなかった。

矩人は港町の小さな船具鋳造所へ移っていた。鐘を作った経験はなかったが、工場主は古い旋盤を自由に使わせた。矩人は海風の中で試作を重ね、低い音の奥に明るい倍音が残る鐘を仕上げた。

震災からの再建を記念する市の鐘は、公開審査で選ばれることになった。

広場に候補三基が並び、音響測定器と市民投票が同時に行われた。石動の再製作品は数値だけ整っていた。矩人の鐘が鳴ると、音は広場を越え、港の防波堤まで長く残った。話していた人々が自然に黙った。音が消えた後でさえ、胸の奥に振動だけが残った。

審査委員長は採用証書を矩人へ渡した。

石動が立ち上がった。

「その技術はうちで覚えたものだ。製造は当社に任せるべきだ」

委員長は亀裂の入った梵鐘の調査書を閉じた。

「私たちが選んだのは型でも会社でもありません。この余韻を聞き分けた鋳方さんです」

市内十二施設の追加注文が船具鋳造所へ確定し、石動の会社には大梵鐘の契約解除通知が届いた。