開店前のブルースター
夷川夕映がベーカリーの店長代理になってから、毎週金曜、青い星形の花が一本届いた。
開店前、粉屋の空き箱を畳もうとすると、底にブルースターが入っている。札はなく、茎だけが濡れた脱脂綿で守られていた。
送り主として考えたのは三人。切迫早産で急に休職した店長の有働、粉を運ぶ赤松、花の写真をよく撮る高校生アルバイトの織部。
花が届く金曜は、一週間でいちばん忙しい。夕映は午前四時にオーブンを点け、売上表と発注表を見比べながら、それでも最後は勘で粉の量を決めていた。小さな青い花を見つけると、失敗を見張られているようにも、背中を押されているようにも思えた。
夕映は店長代理になった初日を思い出す。引き継ぎは電話で十五分。発注量も、焦げやすいオーブンの癖も分からず、初週は食パンを二十本も余らせた。有働から連絡がないことを、信頼ではなく見放されたのだと受け取っていた。
花を包む青いリボンには、産科病棟の名が小さく印刷されていた。脱脂綿を留めた紙には「二次発酵、二十八度」と有働の丸い字。そして花は、赤松が粉箱を納品する金曜だけ現れる。
翌週、夕映は赤松に空箱を返さず、じっと抱えた。
「有働店長から預かっていますね」
赤松は帽子を取り、困った顔で笑った。
有働は入院中、店の売上を尋ねることも、助言を送ることも控えていた。自分から毎週連絡すれば、夕映が監視されていると感じると思ったからだ。それでも何も言わないまま任せたことが気がかりで、病室へ見舞いに来た花店の友人から一本分けてもらい、赤松に託していた。
「青い星は、『任せた』の印だそうです」
その晩、夕映は初めて有働へ写真を送った。売り切れた棚と、粉で白くなったスタッフ三人、それから十一本目のブルースター。
すぐに音声が返ってきた。
『夕映ちゃん、食パンの数、もう私より上手』
閉店後、夕映は焼きたての山型食パンの端をちぎった。湯気ごと口へ入れ、返信する。
「店長、来週は名前を書いてください」