雨天決行

 校庭ステージの開演五分前、雨が落ちてきた。

 最初は譜面台に一粒。それが二粒、十粒になり、客席の生徒たちが頭にパンフレットを載せ始める。

「中止だって」

 顧問がテントの外から叫んだ。

 斑目小夜はキーボードの電源を抜いた。機材を濡らすわけにはいかない。半年練習した曲も、文化祭のために作ったイントロも、これで終わり。

 隣で門脇兵悟がスネアドラムを抱え上げた。

「何してるの」

「濡れないやつだけ残す」

 兵悟はステージ中央へ出ると、スティックを打ち鳴らした。

 タッ、タタッ、タッ。

 曲の冒頭、小夜が作ったリズムだった。

 二人は一か月、まともに口をきいていなかった。編曲を変える変えないで喧嘩し、兵悟が「鍵盤ばかり目立つ」と言い、小夜が「ドラムは音が大きいだけ」と返した。そのまま本番まで来てしまった。

 雨音の中、兵悟は同じ四拍を繰り返す。

 ベース担当がアンプを置き、手拍子で入った。ボーカルはマイクを諦め、生声で歌い始める。客席の前列が続きを歌い、後列へ広がった。

 小夜のキーボードだけが、テントの下で沈黙していた。

「斑目!」

 兵悟が叫ぶ。

「鍵盤なくても、お前の曲だろ!」

 それは謝罪ではなかった。けれど小夜には、謝られるよりずっと正しかった。

 彼女はステージへ出て、濡れた床を靴で踏んだ。鍵盤の代わりに、イントロの旋律を声で歌う。

 ラ、ララ、ラ――。

 客席が同じ音を返した。

 兵悟のドラムが強くなる。小夜は雨で張りついた前髪を払い、彼をにらんだ。

「音、大きいだけじゃん!」

「聞こえなきゃ始まらないだろ!」

「今は聞こえてる!」

「じゃあ歌え!」

 曲は何度もずれた。音程も外れた。二番の歌詞は半分飛び、最後のサビでは誰が主旋律かも分からなくなった。

 それでも終わった瞬間、雨より大きな拍手が校庭を満たした。

 兵悟が差し出したスティックに、小夜は拳をぶつけた。

「次はちゃんと電気のあるところで」

「次、あるの?」

「なかったら作る」

 翌朝、校庭には壊れた譜面台と泥の足跡だけが残っていた。

 けれど文化祭の動画には、雨で音が割れた四拍のあと、全校生徒が一つの旋律を歌い出す瞬間が残った。

 二人が喧嘩をやめたのは、たぶん、その最初の一音だった。