雨粒を数えるモカ
赤松望は雨の木曜日だけ、駅前のカフェ〈七滴〉へ来た。
窓際に座り、ホットモカを二杯頼む。二杯目が冷める頃になると、一人で会計をする。
バリスタの鳴海昴は、透明なスポイトでチョコレートソースを七滴ずつ落とす。紺色のレインコートを店内でも脱がず、滴を数える声だけが妙にやさしい。
「七滴で、話は変わります」
四度目の木曜日、望は銀色の鍵をカウンターへ置いた。
「元恋人の部屋の鍵です。郵送した方がいいですか。会って返した方がいいですか」
昴は一滴目を落とした。
「会いたいんですね」
「きちんと終わらせたいだけです」
二滴目。
「では、なぜ毎週、彼の帰宅時間に合わせてここへ?」
カフェの窓から、駅と彼の住むマンションへ続く道が見える。望は偶然だと言おうとしたが、昴は三滴目を落とした。
「七滴で、話は変わります。滴ごとに、事実を一つ」
一つ。別れたのは二か月前。
二つ。連絡先は消していない。
三つ。鍵を返す約束はしていない。
四つ。彼がこの道を通るか、毎週見ている。
五つ。二杯目は、彼が店へ入ってきたときのため。
六つ。会えば、もう一度好きだと言ってしまう。
最後の一滴を前に、望は黙った。昴は急かさず、スポイトを空中で止めている。雨が窓を細く流れ、モカの湯気が望の目元を隠した。
「七つ目。言ってほしいんです。戻ろうって」
滴が落ち、泡の上の点が小さな扉の形につながった。
「それで、戻りたい?」
「分かりません」
「なら鍵は、答えをもらう道具にしない方がいい」
昴は店の封筒と厚紙を用意し、鍵が透けないよう包んだ。宛名を書く間、窓際の照明を少し落として、外から望の顔が見えにくくしてくれた。
「郵便局は十時まで。傘を貸します」
「持ってます」
「その傘は濡れていません。ここへ来るまで、駅の屋根の下で彼を待っていたから」
望は笑ってしまった。もう隠せるものがない。
店を出る直前、昴がレインコートのポケットから折り畳み傘を差し出した。柄には七つの白い点がある。
「七滴で、話は変わるんですよね」
「今日は八滴です」
昴はモカへ、もう一滴だけ落とした。
「これは、数えなくてよくなる日の分」
望が雨の中へ出ると、窓の向こうで昴は八つ目の点を布巾で拭わず、そのまま残していた。