雨間の布団干し

 瀬々良木圭吾は、梅雨になると天気予報を何度も見た。

 在宅で翻訳をしているので通勤はない。けれど、寝具を干せない日が続くと、部屋全体が重くなる気がした。

 七日目の朝、予報に二時間だけ晴れの印が出た。

 圭吾は急いで布団を抱え、マンションの屋上へ上がった。

 ところが物干し場には、すでに住人たちが集まっていた。

 三階の夫婦、五階の親子、管理人の妹。皆、考えることは同じらしく、竿は満員だった。

「一人一枚なら掛けられます」

 管理人の妹が言った。

 圭吾は敷布団と掛布団を見比べ、敷布団だけを選んだ。

 隣では、小学生が枕を二つ並べていた。

「枕は一枚に数えますか」

「二つで一枚」

 誰かが勝手に決め、皆が笑った。

 雲の切れ間から日が差すと、白い布が一斉に明るくなった。

 風が湿気を持ち上げ、洗剤と綿の匂いが屋上へ広がる。

 圭吾はすぐ部屋へ戻るつもりだったが、雲の動きが気になり、結局ベンチに座って見張ることにした。

 三階の夫が缶珈琲を二本買ってきて、一本を渡した。

「雨雲、来そうですか」

「一時間は大丈夫そうです」

「天気の仕事?」

「翻訳です」

「じゃあ、空は読めないね」

 二人で笑った。

 そのうち、布団の話から眠りの話になった。

 三階の夫は妻のいびきで起きると言い、圭吾は夜中まで仕事を続けてしまうと話した。

「誰も見てないと、終わりが分からないんです」

「うちは妻が電源を抜く」

「強いですね」

「翻訳者にも必要かも」

 昼前、遠くの空が暗くなった。

 誰かが「来るよ」と言い、全員で布団を取り込んだ。自分のものだけでなく、手近な枕やシーツを抱える。

 最後の一枚を持って階段へ入ったところで、雨が屋上を叩き始めた。

 圭吾の部屋には、見覚えのない小さな枕が一つ紛れ込んでいた。

 階下へ返しに行くと、小学生の母が笑い、代わりに焼きたてのクッキーを二枚くれた。

 夜、圭吾は乾いた敷布団へ横になった。

 日に温められた綿の匂いと、クッキーのバターの香りが部屋へ残る。

 仕事の画面は十一時に閉じた。屋上で誰かと決めたわけではないが、次の晴れ間まで続けられる暮らしにするには、今日を少し早く終えるのがよい気がした。