雪寺の木札
戸神宗玄は、敵味方の位牌を同じ橇へ積んだ。
雪原で三日戦えば、死者の名はどちらのものでも白くなる。今夜だけ遺体を返す休戦が決まり、宗玄は読経僧として包囲線を越えることになった。
密書は一本の位牌の中にある。薄板を二枚合わせ、髪ほど細い溝へ紙を挟んだ。表に彫った名は〈松ヶ枝千代丸〉。包囲軍総大将の、夭折した弟の幼名だった。
検分役の九鬼谷左門は位牌を一本ずつ折った。
「死者に紙を託す間者が多いのでな」
乾いた木が、膝の上で次々と鳴った。宗玄が自分で戒名を彫った兵もいた。折れるたび、二度死んだように見えた。
左門の手が千代丸の札で止まる。
「なぜこの名を知る」
「十二年前、疫病寺で葬りました」
「証は」
「その子は左の乳歯が一本なく、棺へ白石を入れた」
左門の顔から血が引いた。身内しか知らぬ話だった。宗玄が知っているのは、葬ったからではない。棺を掘り、総大将の家へ入るための印を盗んだことがあるからだ。
「この札も折るか」
宗玄が訊く。
左門は位牌を橇へ戻した。
「寺まで運べ。僧の身体は調べろ」
衣も足袋も剥がされた。口を開かされ、耳まで探られた。宗玄は雪の上で裸になったが、位牌には誰も触れなかった。
橇が門をくぐる時、宗玄は折られた位牌の欠片を一つ拾った。名も半分しか残っていない。敵兵は捨てろと言ったが、袖へ入れた。密書を届けるために死者の名を盾にした。終われば、自分の名も同じように折られるだろう。その順番だけは、僧にも選べなかった。
城内の雪寺で、汐路了慶が千代丸の札を火鉢へ当てた。膠が緩み、二枚の板が分かれる。密書には一行だけあった。
〈子の二刻、包囲軍は凍河を渡り北へ移る。死者門より兵三百を出せ〉
了慶は紙を灯明へ入れた。
「千代丸の話は本当か」
「白石を入れたのは私だ。盗掘した骨と重さを合わせるためにな」
宗玄は折られずに残った位牌を撫でた。
寺鐘が二度鳴る。
了慶は念珠を置いた。
「死者門を開けろ」
雪に埋もれた扉が、内側へ音もなく動いた。