青いランプを数えない

 実里は、サーバーの青いランプを数える癖がある。

 一列に十二。棚ごとに四十八。監視室の窓から見える範囲だけで、百を超える。点灯、点滅、点灯。数えている間は、何かが落ちる可能性を考えずに済んだ。

 午前二時二十分、交代で休憩室へ入る。

 データセンターの休憩室には窓がない。蛍光灯は白く、空調はサーバールームより少し弱い。それでも壁の奥から冷却ファンの回転が伝わり、紙コップの水面がかすかに震えていた。

 実里は自販機のスープを選んだ。ボタンを押すと内部で粉が落ち、水が渦をつくる。機械の中でも何かが回り、決められた量を混ぜている。

 モニターには監視チャットだけが表示されていた。別棟の担当者の名前は知らない。画面上では二文字の識別番号で呼び合う。

「三階東、雨が横向きです」

 一行だけ投稿された。

 添付された写真には、非常階段の小さな窓と、照明に白く浮く雨が写っていた。機器の報告ではない。削除されてもおかしくない内容だったが、誰も注意しなかった。

 実里は返事の代わりに、月の形のリアクションを一つ押した。

 すぐ下に「確認しました」という業務連絡が重なり、写真は画面の上へ流れていく。

 机の上の勤務ノートには、「異常なし」という同じ四文字が何ページも続いていた。昼間なら、何も書くことがない記録に見える。けれど実里は、その一行ごとに誰かが温度を確かめ、音を聞き、夜を渡したことを知っている。自分の前の欄にも、細い字で「異常なし」とあった。今夜の静けさは空白ではなく、引き継がれた結果だった。

 ファンが回る。

 冷蔵庫が回る。

 スープの湯気が一度だけ眼鏡を曇らせる。

 実里は先月、この仕事を辞めようとして、退職届の下書きだけ保存した。理由は夜勤でも責任でもない。何かが起きていない時間に、自分だけが不要になる感じが苦しかった。異常がなければ評価されず、異常があれば怖い。正常な夜は、誰にも見えない。

 けれど横向きの雨を撮った人も、同じように正常な機械の前で時間を渡している。

 休憩終了まで三分。実里は青いランプの数を思い出しかけ、やめた。

 百を超える光は、数えなくても点いている。自分が見ていない十五分も、冷却ファンは回り、誰かが別の窓から雨を見ている。

 紙コップを捨て、実里は監視室へ戻った。ランプは前と同じように点滅していた。今夜は、それを全部自分のものにしなくてよかった。