青い傘立て
叶の傘は青かった。
正確には、濃紺に近い青で、持ち手の内側に小さな傷がある。駅前の雑貨店で三年前に買い、何度も置き忘れそうになりながら、そのたび戻ってきた。
深夜のコンビニへ入るとき、叶は傘立ての右端へ置いた。
牛乳と歯磨き粉を買い、レジを済ませる。外では雨が急に強くなっていた。軒を打つ音が、店内の有線放送より大きい。
傘立てには青い傘が二本あった。
同じ長さ。同じ曲がった持ち手。店の照明の下では、色までほとんど同じに見える。
叶は手を伸ばし、止めた。
自分の傘には傷がある。けれど暗い入口で持ち手を裏返すには、袋と財布を持ち替えなくてはならない。どうせ安い傘だ。間違えても大差ない。そう思った瞬間、胸の奥で小さな抵抗が起きた。
大差がないからといって、誰かのものを持っていっていいわけではない。
叶は買い物袋を床へ置いた。一本目の持ち手を見る。傷はない。
そのとき、自動ドアが開いた。
背後から来た女性が、傘立ての前で立ち止まった。叶と同じくらいの年頃で、片手にアイスの袋を提げている。二本の青い傘を見て、やはり手を止めた。
二人は互いを見ず、傘だけを見た。
「こっち、違いました」
叶は傷のない傘を少し左へ寄せた。
「ありがとうございます」
女性はそれを取らず、まず持ち手を裏返した。小さな銀色のシールが貼ってあった。確認してから、ようやく傘を抜く。
叶も残った一本の傷を確かめた。
雨音の中で、同じ慎重さが二度繰り返された。それが妙におかしくて、叶は少しだけ口元をゆるめた。女性も気づいたのか、傘を開きながら小さく笑った。
二人は反対方向へ歩き出した。
傘の布を雨粒が続けてたたく。青い円の内側は一人分の広さしかない。叶はその狭さを、さっきまでより嫌いではなかった。
家では誰も待っていない。牛乳は明日の朝まで冷蔵庫に入るだけだ。
それでも、自分の傘を自分で確かめて持ち帰る。その程度のことなら、今夜の叶にもできた。
青い傘の下で、歩幅はいつもより少しゆっくりだった。