青い煙を閉じ込められない塔
王立魔法学院の錬成塔から青い煙が漏れたのは、ユーディトが除籍された翌朝だった。
一年生が眠り、二年生が笑い続け、教授三人は自分を猫だと思って棚へ登った。煙は窓を閉めても壁の隙間から抜け、隣の天文塔まで青く染める。
学部長フォルキスは実験台を叩いた。
「配合を間違えた者は誰だ!」
「配合は同じです。ただ、反応瓶の周囲に仕切りがありません」
ユーディトが張っていたのは、爆発を止める大結界ではなかった。瓶の口ごとに極薄の箱を作り、蒸気を種類別に閉じ込める術だ。熱は逃がし、薬効を持つ気体だけを回収する。教員たちは、その小ささを「初級術しか使えない証拠」と嘲った。
新任の攻撃魔術師は塔全体を硬い壁で包んだ。結果、逃げ場を失った煙が濃くなり、教授たちは猫のまま昼食の魚を奪い合った。
同じ時刻、ユーディトは染色工房で赤い蒸気を見つめていた。親方カルテナが、白布と青布を同じ釜の横へ吊るす。ユーディトの仕切りが色の霧を分け、白布は白いまま、青布だけが深い夜色へ染まった。
「一棟に一色しか扱えなかったのに、今日から六色を同時に染められる」
「有毒な媒染蒸気も、作業場へ出ないよう別に集めました」
「売上より先に、職人が咳をしなくなった。それが一番だ。工房長補佐の席を用意するよ」
職人たちは色見本の端へ、ユーディトの結界印を品質保証として押した。
夕方、学院の伝書鳥が窓へ激突した。足には、青い指跡だらけの復学命令が結ばれている。
『直ちに塔の煙を封じよ。処分は特別に撤回する』
ユーディトは命令書を染料受けの下へ敷き、返信だけを結んだ。
復学命令には、塔を元へ戻した後の席も報酬も書かれていなかった。煙が消えれば、また初級術と笑うつもりなのだろう。染色工房では、カルテナがユーディト専用の作業台を空け、職人たちが結界の色分け札を自分で作っていた。術を一人だけに背負わせず、異常があれば全員で釜を止める手順まで決まっている。ユーディトは猫になった教授を想像して少し笑い、それから咳をせず働く職人たちを見回した。戻る理由は、もうどこにもなかった。
「学院との契約は、除籍時に終了しています」