静かな巨人の引っ越し
「魔物一体の足音を消すだけなら、盗賊にでも売り込め」
砦軍の査定官は、ベレトを無能として谷へ追放した。
【技能:《忍び足》――触れた魔物一体の足音と、その足が生む地響きを、日没まで完全に消す】
姿も重さも消えず、攻撃の威力も変わらない。ベレトは山羊飼いとなり、谷奥に住む石巨人ゴロムと暮らした。
ゴロムは怖い顔をしていたが、朝は山羊を崖から下ろし、昼は壊れた石垣を積み、夕方にはベレトの小屋へ丸い小石を土産に置いた。ただ、歩くたび地面が鳴る。村人は窓を閉め、ゴロムは申し訳なさそうに山の遠くを歩き、夜だけ小屋へ戻った。
春先、北壁の氷が割れた。
砦将ジガンの偵察によれば、次に強い振動が一度でも谷へ響けば、斜面の雪が丸ごと落ちる。雪崩の下には村が三つ。避難路は狭く、老人と家畜を運ぶには二日かかる。だが夕方から雷雨が来る。
「巨人に荷を運ばせれば間に合う」
兵が言った。
「一歩目で雪崩が起きる」
ジガンは歯を食いしばる。ゴロムなら百人を籠に載せられる。しかし彼の足音こそ、谷で最も大きな振動だった。
ベレトはゴロムの踵へ触れた。
《忍び足》。
巨人が一歩踏み出す。土は沈み、草は揺れたのに、谷は鳴らなかった。二歩目も、三歩目も、耳を塞ぐ必要がない。
ゴロムは背中の籠へ子供と老人を載せ、両腕に家畜小屋を抱えた。砦と村を何度も往復する。いつも彼を避けていた村人たちも、最後には大きな指へ縄を結び、自分から登った。
日没直前、最後の山羊を砦へ下ろす。技能が切れた直後、遠雷が谷を打った。誰もいない村を白い雪壁が呑み込んだ。
ゴロムは音を取り戻した足で地面を一度踏み、助かった山羊たちの声に混じって笑った。
査定官が「巨人が働いただけだ」と言う。
ジガンはその者の軍靴を脱がせ、裸足で石床へ立たせた。
「音を立てぬことは、何もしないことではない」
砦将はベレトへ避難鐘の鍵を渡した。
「今日、最も静かな足が三つの村を運んだ。ゴロムが歩く道は、今後おまえが決めろ」