面会時間は十分
死刑囚は、執行後も面会室で私を待っていた。
ガラスの向こうで、彼は囚人服の襟を整えた。首には赤い痕が残っている。私は受話器を取り、時計を見た。文字盤に数字はあるが、針がない。
「十年前の事件について、もう一度訊きたい」
『先生は、まだ僕を疑っているんですか』
私は彼の国選弁護人だった。面会簿には私たちの名しかなく、日付の欄は黒く塗りつぶされている。ペンを置くと、机の表面を通り抜けた。最後まで無実を主張したが、覆す証拠を見つけられなかった。執行の翌日、机に彼からの面会申請書が届いた。日時と部屋番号だけが書かれていた。
「被害者の家から出た靴跡は君のものだった」
『靴は盗まれたと言いました』
「凶器からも指紋が出た」
『取り調べの前に、刑事が握らせた』
生前と同じ答えだった。私は苛立った。死んだ今なら真実を話せるはずなのに、彼は無実を崩さない。判決の日、傍聴席にいた母親が私を見た目だけは忘れられない。執行後、彼女から届いた封筒を私は開けずに捨てた。
部屋の隅に立つ看守は、一度もこちらを見なかった。靴音も呼吸音もしない。背後の扉を開けると白い廊下が続き、その先の扉からも同じ面会室へ戻ってきた。
彼が言った。
『先生こそ、なぜここに?』
「申請書が届いたからだ」
『僕は出していません』
「では、誰が」
彼はガラスへ手を当てた。私も重ねたが、どちらの手にも映り込みがなかった。
『先生が見つけたんでしょう。真犯人の日記を』
胸ポケットが重くなった。私は執行の三日後、担当刑事の遺品から告白文を見つけた。公表すれば彼の名誉は戻った。だが私は、敗訴を認めるのが怖くて燃やした。
「謝りたかった」
『それで、屋上から?』
白い廊下に鐘が鳴った。看守だと思っていた男が初めて口を開く。
「死者二名、面会終了。次は審判室へ」
ガラスが音もなく消えた。外には刑務所も街もなく、灰色の列が遠くまで続いていた。
机の面会申請書に、差出人として私の名が浮かんだ。面会時間は十分。死んでから言い訳を許されるのも、それだけだった。