革表紙の空洞
旧侯爵家文庫の閲覧室で、禁書庫の鍵が司書机から消えた。主任司書の茅森が鍵を置いたまま、三人の研究者へ閉架資料の扱いを説明していた最中、天井灯が一度消えた。点灯すると鍵はなく、閲覧室の扉は内側から封鎖されていた。窓も書籍返却口も、人が通れる幅ではない。
容疑者は書誌学者の書上、装丁師の砥上、郷土史家の初鹿野。禁書庫には三人の研究を覆す未公開日記がある。各人の服、筆箱、机上の本を調べても鍵はなかった。ただし古書は傷めぬよう、外見を眺めるだけの検査に留められた。
閲覧規則では、研究者が借りた古書を司書がその場で解体検査することはできない。書上はその規則を盾に「本を傷めるくらいなら、私は拘束されてもよい」とまで言った。砥上は装丁の専門家として裂けを偶然だと評し、初鹿野は鍵が返却口から出た可能性を唱えた。だが部屋外へ運ぶ必要はなかった。
手掛かりは三つだった。第一に、書上が閲覧していた『北境航路誌』だけ、目録の重量より二十六グラム重かった。第二に、その革背には糊の乾いていない細い裂け目があり、背表紙を押すと内部で金属が触れる音がした。第三に、停電直前、その本を司書机の脇から自席へ運んだのは書上自身だった。
書上は「百年前の本を切り開く者が研究者であるものか」と怒った。だが裂け目の糊は文庫で使う澱粉糊ではなく、彼の筆箱にある速乾性の補修糊と同じ匂いだった。
私は革背の裂け目を広げ、綴じ糸と表紙の間から鍵を抜いた。「二十六グラムは鍵の重さ、乾かない裂け目は隠し口、そして本を鍵のそばから動かしたのは書上さんだけです。停電中に背を開き、鍵を滑り込ませ、糊で押さえた。身体検査にも机上検査にも耐えるよう、最も調べにくい古書を容器に選んだのでしょう。鍵は読めない頁ではなく、本を本らしく見せる革の中にありました」書上さんは、最も厳重に守られる物ほど隠し場所として安全だと考えたのでしょう。停電は裂け目を開く手元を隠しただけです。重量、補修跡、運搬者という三段階を追えば、古書を傷つけずに尊重したという弁明まで逆に崩れます。