音声メモの行き先
「感想は、正直に言って」
霞沢織江が紹介された相手と会うたび、矢嶋暁人はそう言った。二人は大学からの友人で、暁人は店選びから服装まで相談に乗るくせに、自分は候補に入らない顔をする。織江が待ち合わせへ着くまで起きていて、帰宅の一言が届くと《お疲れ》だけ返す。その短さを、織江は何度も脈なしの証拠にしてきた。
三度目の紹介の日、織江は帰りの電車で親友へ音声メッセージを録った。
「優しい人だった。でも、食事中ずっと暁人なら何て言うかなって考えてた」
「比較するの、失礼だよね。だから婚活はやめる」
「暁人の友達でいられるなら、それでいいってことにする」
送信後、イヤホンから自分の声がもう一度流れた。宛先を確認すると《矢嶋暁人》。親友と同じ黄色いアイコンを選び間違えていた。
既読がつき、再生済みになる。
織江は次の駅で降りた。家とは反対方向だが、同じ車内にいられないような気分だった。ホームの端で「忘れて」と打ちかける。
着信が来た。
『そのまま待ってて』
それだけで切れる。十分後、反対側の階段から暁人が走ってきた。普段は整えている髪が乱れ、片手に二枚の紙を握っている。
それは、来週の美術館の前売り券だった。織江が紹介相手と行くかもしれないと言った展示。日付は日曜、券の裏には暁人の字で《織江と》と書かれている。
「相談役として?」
織江が聞くと、暁人は首を振った。彼女のスマホを受け取り、婚活用に作った予定表を開く。空いている日曜へ、美術館、喫茶店、次の企画展を順に登録した。参加者はすべて二人。
「比較される側を、やめたい」
告白の代わりに、暁人は券を持つ織江の手へ自分の手を重ねる。電車が通過し、風で券が揺れても、その手だけはずれなかった。織江は一度だけ目を閉じ、指を絡めた。
「音声、消して」
「次の感想を録るまで残す」
「何の感想?」
「友達じゃない日曜の」
感想は正直に言って、と彼はいつも言った。
誤って届いた声への返事は、正直な言葉ではなく、三つ先まで埋められた日曜日だった。