頑張るの意味

月見里真舟の娘が、古い絵本を指さした。

「お父さん、『がんばる』って何?」

学習AIは即座に答えた。

《自動化以前、不足する能力を反復行為で補うこと》

娘は首をかしげた。分からない課題は難易度が自動調整され、飽きる前に別の遊びへ切り替わる。真舟自身も、できないことを続けた記憶がなかった。

「たぶん、すぐできなくても続けることだよ」

「どうして?」

答えられず、真舟は庭の栽培機を停止した。二人でトマトを育てれば分かるかもしれないと思った。

真舟は失敗のたび、栽培AIへ原因を尋ねた。答えは正確だったが、娘は「それなら最初からAIにやらせればよかった」と不機嫌になった。三本目から二人は、答えを見る前に自分たちで理由を三つ考えることにした。外れた推測ばかりだった。それでも娘は、葉の裏や土の色を以前より長く見るようになった。

ある朝、真舟が寝坊すると、娘は一人で水をやっていた。量は多すぎた。注意しかけて、彼は口を閉じた。正しさを渡すより、自分の失敗を持たせるほうが難しかった。

最初の苗は水をやりすぎて枯れた。二本目は虫に食われた。娘は泣き、栽培機を戻そうと言った。真舟も賛成しかけたが、土に残った小さな根を見て、もう一本だけ植えた。

毎朝、二人は目覚ましで起きた。雨の日も土を触り、支柱を結び直した。結び目はほどけ、爪の間は黒くなった。近所の人は、食料なら壁から出るのにと笑った。

夏の終わり、実ったのは一個だけだった。形は歪み、皮は固い。半分に切って食べると、驚くほど酸っぱかった。

「おいしくないね」と真舟が言うと、娘は真剣な顔で噛み続けた。

「でも、捨てたくない味」

絵本を開き直し、娘は同じ言葉を指さした。

「これが、がんばる?」

真舟はしばらく考えた。

「できたことじゃなくて、途中でやめなかった時間のことかもしれない」

学校では、娘の集中時間が長すぎると警告された。最適な成長には、達成できない課題から早く離れるべきだという。真舟は初めて、保護者欄に「継続を希望する」と自分で入力した。娘のためなのか、自分の答えを守りたいだけなのかは分からなかった。分からないまま責任を持つことも、彼には新しい努力だった。

翌年、娘は自分で種を選んだ。真舟は栽培機の再起動を提案しなかった。

完璧な収穫を失った代わりに、二人の一年には、待つ季節が生まれた。