風速計より低い場所

道路を閉められるのは午前一時まで。残る外壁パネルは一枚だった。

十五階の屋上で風速計は毎秒七メートルを示している。中止基準には届かない。榛名岳志は玉掛けを確認し、クレーンへ巻き上げの合図を出した。

パネルは地上を離れ、十階まで素直に上がった。十一階を越えた瞬間、介錯ロープが横へ跳ね、二トンの板が建物へ腹を向けた。

「止めろ!」

岳志の声で荷が空中に止まる。監督は屋上の数字を指した。

「風は基準内だ。時間がない」

岳志はロープを握ったまま、向かいのビルとの隙間を見た。屋上の旗は一定方向へ流れているのに、十一階の養生シートだけが内側から膨らんでいる。二棟の間で絞られた風が、屋上より低い位置で強くなっていた。風速計の数字は嘘ではない。ただ、荷が通る場所を測っていなかった。

一度地上へ戻すには十五分かかる。岳志は無理に壁へ寄せず、クレーンに荷を二階分下げさせた。そこで風の弱い建物裏へ水平移動し、反対側の開口から吊り上げ直す。距離は増えるが、風を正面から受ける時間は短くなる。

「遠回りだぞ」

「近道は壁に当たります」

屋上の一人を十一階へ降ろし、携帯式の風速計を開口部へ置いた。数字は十一。岳志は風が九を切る瞬間だけ、短い合図を出した。巻け、止め、寄せる。焦って連続操作をさせれば、振り子のように揺れが増す。

午前零時四十七分、パネルの金具が受け側へ収まった。ボルトが仮固定され、岳志は初めてロープを放した。手のひらに赤い線が残っていた。

規制解除の車が下で待っている。監督は腕時計を見て、何も言わずヘルメットを下げた。

クレーンのフックが空になって降りていく。その途中で無線が鳴った。

「明朝の資材、予定より一枚多いそうです」

地上では道路規制班が、解除を三分延ばす準備を始めていた。岳志は焦らせる声を荷の近くへ流さないよう、連絡役を一人に絞った。空中の二トンに、時計を見せても軽くはならない。

岳志は十一階の風速計を外さなかった。次の荷物も、同じ高さを通る。