髪留め一本の公開処刑
《車椅子で深層攻略は代役だろ》
《戦闘だけ録画に差し替えてる》
《比良坂栞の“無装備縛り”、同情商法にしか見えない》
比良坂栞は、監査員にカメラを一周させた。狭いボス部屋には彼女と車椅子、それに天井から垂れる処刑蜘蛛しかいない。
医療用の脈拍計も連続表示され、映像の人物が途中で入れ替われば数値が途切れる。栞自身が、最も厳しい検証項目を追加していた。
武器欄は空白。栞は長い髪をまとめていた銀の髪留めを外した。
「差し替える映像がないなら、これで十分かな」
蜘蛛の脚が八方から落ちる。一本でも床を抉る太さだ。逃げ道はない。
栞は車輪を動かさなかった。
髪留めを指先で立て、膝の上から一度だけ横へ払う。
何も起きなかったように見えた。
一拍後、八本の脚が同じ高さでずれ落ちる。さらに蜘蛛の胴、背後の柱、天井の糸まで、見えない一本の線で切り分けられた。髪留めは栞の指に残り、先端すら欠けていない。
《カメラ回してる監査員が悲鳴上げた》
《攻撃判定、一回しか出てない》
《斬撃の長さ四十二メートル。髪留めは魔力反応なし》
《車椅子の車輪、最初から最後まで固定されてる》
《代役どころか本人が一番おかしい》
栞は髪を束ね直した。切断された糸が雪のように降る中、その手つきだけが日常的だった。
「歩けないことと、届かないことは、同じじゃないよ」
コメント欄で過去の憶測が消されていく。編集者を名乗っていた者がフレーム解析を公開し、映像の連続性を証明した。
《全フレームの光源反射一致。合成なし》
《髪留めの購入履歴まで特定された。駅前雑貨店、三百八十円》
《同情で登録した自分を恥じる。今は強さで登録する》
《公開処刑されたの、蜘蛛じゃなくて疑ってた俺らだ》
探索者協会の公式チャンネルが、栞の配信を共同配信へ切り替える。
画面下に金色の字幕が走った。
【史上最長・非武装単発斬撃 四十二・三メートル】
直後、切り抜き一覧の最上段が更新される。
『車椅子配信者の疑惑検証』から、『座ったまま世界の届く距離を変えた人』へ。