鰹節の空洞

 潮見砦に残った食い物は、鰹節が一本だけだった。

 台所頭の梶浦伊織は、それを小刀で叩いた。乾いた音の中に、わずかな空洞が響く。

 沖には敵の安宅船が七艘。海門を塞ぎ、米船を一艘ずつ沈めている。城兵は昨日から、鰹節を削った湯を飲むだけだった。

 夕刻、敵方の船奉行・来栖陣左が小舟で交渉に来た。

「海門を開け。米五十俵を入れてやる。その代わり、夜半に火を一つ掲げろ」

 火を合図に敵船が突入する。分かりやすい取引だった。

 城主は断ろうとしたが、伊織が先に頭を下げた。

「承知した。ただし先に、米を十俵」

「信用しろ」

「腹が空の者に、信用は入りません」

 陣左は笑い、まず五俵を送ると約した。城を売るには安い値だが、死ぬよりは高い。

 交渉が終わると、城主は伊織の襟を掴んだ。

「本気で門を売る気か」

「売るのは火だけです」

 伊織は鰹節を縦に割った。中心は虫に食われ、指一本ほどの穴が通っていた。

 そこへ火薬を詰め、細い火縄を通す。火薬は鉄砲三発分。城を守るには少なすぎ、船の腹で燃えるには十分だった。外側は削り粉と膠で塞いだ。見た目は、ただの土産物だ。

 夜半前、敵の小舟が米五俵を運んできた。伊織は礼として鰹節を渡す。

「船奉行殿の夜食に」

 飢えた城から食い物を差し出す。それだけで、裏切りの証になった。

 鰹節は陣左の旗艦へ運ばれた。伊織が指定した火は、海門の櫓に上がる。敵船は合図を見て、狭い水路へ一列になった。

 その先頭、旗艦の炊事場で鰹節が炭火へかざされる頃合いを、伊織は潮の速さで測った。敵も空腹なら、贈り物を朝まで棚へ置くことはない。そこまで含めた策だった。

「火が移らなければ」

 城主が言った。

「五俵で二日延びます」

「移れば」

「敵の火薬庫まで一息です」

 闇の海で、乾いた破裂音がした。

 次の瞬間、旗艦の腹から赤い火が噴いた。後続船が狭い水路で衝突する。

 伊織は最後の削り粉を舌へ載せた。塩気はもうなかった。

 城主が軍配を振り下ろす。

 海門が、鎖の音を立てて開いた。