黒い一粒を拭う者
「汚れを一粒だけ消す? 雑巾にも劣る清浄魔法だ」
太陽神殿の選定官は、ソアベルを無能とした。
【魔法:《塵払い》――視界内の表面から、一日に一度だけ汚れ一粒を消す】
床一枚も磨けず、血痕も消せない。ソアベルは大神殿の鏡磨き係へ回された。
鏡は毎朝、同じ順で磨いた。鳥の羽毛一本、花粉一粒でも焦点の光がずれる。神官が祈りを覚えるように、ソアベルは鏡面の傷と曇りをすべて覚えていた。朝夕の光の角度まで記録していた。
日蝕祭の正午、地下墓所から不死王が現れた。
太陽鏡は本来、天窓の光を集めて不死者を焼く神殿最大の武器だった。ところが鏡は光を受けても白く曇り、反射を失っている。神官百人が清浄術を重ねても、鏡面は完全にきれいだと判定され、何も起きない。
王医長オルナードは聖水を投げ、不死王の進路を遅らせた。だが骨の軍勢は礼拝堂へ入り、避難する病人へ手を伸ばす。
ソアベルは毎日磨いてきた太陽鏡を見上げた。
鏡面には埃一つない。ただ中心の焦点に、黒い針穴のような点がある。選定官は古い製造印だと言った。しかし昨日まで、そんな点はなかった。
それは汚れではなく、夜魔が置いた「影の種」だった。大きな清浄術は鏡全体を検査し、鏡の一部と偽装した種を見逃す。だが《塵払い》は由来を問わない。表面に載った一粒だけを見る。
ソアベルは高壇へ駆け上がり、黒点を指した。
《塵払い》。
黒い一粒が消える。
太陽鏡の焦点が、初めて完全につながった。
天窓から入った光が細い金線となり、不死王の胸を貫く。骨の王冠が燃え、礼拝堂を埋めていた骸骨兵も同時に白い灰へ崩れた。病人の寝台へ届く寸前だった指だけが、床の上で砕ける。
選定官が「あれは呪いで、汚れではない」と抗議した。
オルナードは鏡布を畳み、男の口へ押しつけた。
「鏡に属さぬものなら、神の名がついていても汚れだ」
王医長は太陽鏡の金章をソアベルへ渡す。
「神殿を曇らせる一粒を見つけた者に、無能の判を押した我らこそ、目を洗うべきだった」