黒塩の俵

汐見宗近は、俵の口を刀で裂いた。

こぼれたのは米ではなく、黒塩だった。海水を煮詰める途中で煤を混ぜた粗悪な塩。島では家畜にも食わせない。

「これを火薬と思わせるのですか」

舟奉行の網代弥九郎が、指で粒を潰した。

「思わせる必要はない。燃えている間だけ、そう見えればいい」

敗れた汐見勢は、岬の浜から三十艘で退く。だが潮はまだ浅く、舟を浮かべるまで半刻。追う多々羅勢は松林の向こうまで来ていた。

浜には兵糧俵が百。中身の米は昨夜、舟底へ移した。代わりに黒塩と乾いた海藻を詰めてある。火をつければ海藻が爆ぜ、煤塩が濃い煙を吐く。敵は火薬庫の延焼を恐れ、浜へ踏み込むのをためらう。

弥九郎は首を振った。

「煙は沖へ流れます。舟まで隠れません」

宗近は風を頬で測った。北東。確かに今は沖向きだ。

「敵の軍師も同じ風を見る」

「では」

「だから、火をつけるのは風が止まってからだ」

夜明け前には陸風から海風へ変わる。そのわずかな無風を待つ。早ければ煙が舟を追い、遅ければ敵が浜へ届く。

松林で鉄砲が鳴った。浜の見張りが一人倒れた。

「殿、もう」

「まだだ」

兵たちは舟を押す。泥に足を取られ、声を殺して歯を食いしばる。敵の旗が林の端に見えた。赤い丸に三本槍。宗近は黒塩を一粒、濡れた掌へ乗せた。風があれば転がる。粒は動かなかった。

「点けろ」

百の俵へ火矢が刺さった。海藻が一斉に鳴り、黒煙が地を這った。浜も舟も、人の影も消える。敵陣から「火薬だ」と叫ぶ声が上がった。先頭が伏せ、後続がぶつかった。

宗近は最後の舟へ乗らず、火の間を歩いた。

「殿軍は私が」と弥九郎が腕を掴む。

「舟奉行が陸で死ぬな。俺は城持ちだった。城の代わりに浜を持つ」

弥九郎の手をほどき、宗近は刀を抜いた。煙の向こうで敵の足音が止まっている。稼げるのは百息だ。

沖から太鼓が三つ鳴った。全艘が深みに出た合図。

宗近は燃える黒塩の俵を蹴り崩した。

港砦の見張り台で、退却船を迎える青い旗が上がった。