『会議室〈水脈〉は空いていた』
燈台ソフトの異動内示面談で、角倉直人は地方子会社への転籍通知を渡された。
理由は協調性不足。上司の椹木環希は、オンライン会議を六回欠席し、チームの意思決定を遅らせたと評価表を読み上げた。
「六回すべて参加しています」
「出席一覧には名前がない」
壁面モニターに、会議ツールから出力した一覧が映る。確かに直人の名だけが六回とも欠けていた。
直人は「予約記録も開いてください」と言った。
椹木は怪訝な顔をしたが、人事担当が社内カレンダーを表示する。六回の会議はすべて会議室〈水脈〉との併用開催になっていた。しかし部屋の利用記録では、当日は六回とも空室。入室センサーもゼロ。対面参加者がいたという評価コメントと矛盾する。
「予定が変わって完全オンラインになっただけです」
「なら、録画のチャット欄を」
直人の発言は残っていた。仕様変更を提案し、採決をまとめ、椹木自身が〈角倉案で進めます〉と返信している。ただし会議終了後、椹木が参加者表示名を編集し、直人の名前だけ削除していた。監査ログには変更前後が残っていた。
椹木は「表示の整理だ」と言った。
人事担当が評価表の履歴を重ねる。六回分の欠席が追記されたのは、直人が転籍候補を断った翌日。更新場所は〈水脈〉の備え付け端末だった。だがその時間、会議室の予約者は椹木一人で、用途欄は〈人員整理案〉。
六回の会議後、直人には自動配信の出席証明が届いていた。椹木は評価作成の前日、それらを無効化する申請を出している。理由は〈同姓社員との取り違え〉だったが、社内に角倉姓は一人しかいない。人事担当が申請を読み上げると、椹木は初めて画面から目をそらした。
直人は通知書を見下ろした。「協調しなかったのは、転籍に同意しなかったことですか」
椹木は答えず、人事担当へ「会社には配置権がある」と言った。
人事担当は通知書を回収し、異動管理画面の〈決定〉を取り消した。続いて椹木の評価者権限を停止する。
「配置権はあります。ただし、改竄した評価を根拠にする権利はありません」
会議室〈水脈〉は最後まで空いていたが、そこで作られた嘘だけが満席だった。