あと三か月の父
定期健診の帰り、御形朔兵は居間の前で家族の会話を聞いた。
妻が言う。
「あと三か月で終わりね」
息子が答える。
「本人にはまだ言わないほうがいい」
娘も声を落とした。
「写真は全部まとめた。終わった後、みんなで集まろう」
朔兵は廊下で立ち尽くした。
健診では「少し血圧が高い」としか言われなかった。家族だけが重い結果を知らされているのかもしれない。
夕食で、朔兵は慎重に尋ねた。
「人間、残り時間が分かったらどう生きるべきかな」
妻は箸を止める。
「急にどうしたの」
「一般論だ」
息子が言う。
「悔いを残さないことじゃない?」
「やはり悔いか」
娘は首をかしげた。
「お父さん、何か聞いた?」
「何も。誰にも言われていない」
家族は顔を見合わせた。その沈黙が、朔兵には決定的に見えた。
翌日から彼は秘密を告白し始めた。
「実は十年前、君の高級プリンを食べたのは私だ」
妻が言う。
「知ってた」
「なぜ」
「空き容器を机に飾ってたから」
「証拠隠滅の概念がなかった」
息子には、
「小学生の時に壊したゲーム機、私が直そうとして悪化させた」
「修理店が“素人が開けた痕跡”って」
娘には、
「お前の結婚式で泣かなかったのは、コンタクトが乾いて目を閉じられなかったからだ」
「今それを告白する必要ある?」
朔兵は貯金通帳を並べ、形見分けまで始めた。
妻がとうとう尋ねる。
「あなた、何を勘違いしてるの」
「隠さなくていい。あと三か月なんだろう」
「何が?」
「私が終わる」
息子が吹き出した。
「会社員生活が、だよ」
朔兵の定年退職まで、あと三か月。家族は写真を集め、退職祝いの会を秘密で準備していた。
娘がアルバムを見せる。
「“終わった後”は送別会。みんなで集まるの」
朔兵は通帳を抱え直した。
「では、私は生きる?」
妻が答えた。
「定年後のほうが長いかもしれないわよ」
朔兵は形見分け用の付箋をすべて剥がした。
ただし、高級プリンの件だけは妻が付箋を貼り直した。
三日間の秘密告白だけが、予定より早く終わった。