ほどけた約束
衣装庫の最下段に、王の古い戴冠外套が眠っていた。
赤い糸で破れを繕えば、服の持ち主が破った約束を一つ、もう一度その人の心へ結び直せる。代わりに繕い手は、自分が誰かから受け取った約束を一つ選び、失わなければならない。
衣装係の侍女フィネラは、外套の裾に三寸の裂け目を見つけた。偶然ではない。昼間、厨房の娘が忍び込み、泣きながら切ったのだ。
王は昨冬、飢えた村へ税を免ずると約束した。春になると約束を撤回し、抗議した村人を牢へ入れた。明朝には鉱山へ送られる。その中に、厨房の娘の母もいる。
「この外套を直せば、陛下は約束を思い出す」
フィネラが言うと、娘は首を振った。
「でも、あなたが何か失うのでしょう」
フィネラのポケットには、庭師から届いた短い手紙がある。
――夜明け、南門で待つ。君が来るまで出発しない。
王宮を辞めたいと言えずにいた彼女へ、三年間一緒に働いた男がくれた約束だった。城下の花屋で働く口も見つけてある。明朝、二人はこの城を離れる。
ほかにも約束はある。父の「いつでも帰っておいで」。妹の「冬祭りには会いに行く」。友人の「年を取っても手紙を書く」。どれも失いたくない。
けれど赤糸は、軽い約束では王の誓いを結べない。重さの釣り合うものを選ばなければ、縫い目がほどける。
衣装庫の外を、囚人移送の鎖が鳴って通った。厨房の娘は母の足音を聞き分け、唇を噛んだ。
フィネラは手紙を机へ置いた。針へ赤糸を通し、最初の一針を外套へ刺す。
「南門で待つ、という約束を差し出します」
糸が熱を持った。
一針ごとに、手紙の文字が薄くなる。『夜明け』が消え、『南門』が消えた。最後の裂け目を閉じると、『待つ』の一字が灰になった。
同時に、上階で椅子の倒れる音がした。
王の怒鳴り声が響く。
「村人を解放せよ。私は免税を誓ったはずだ!」
厨房の娘が泣き笑いでフィネラに抱きついた。外套の縫い目は、傷などなかったように滑らかだった。
窓の外が青み始める。
フィネラは空白になった手紙を畳み、南門へ向かうため立ち上がった。もう誰も待っていないと知りながら、それでも約束のあった場所へ行くために。