グループ名を変えない夜
乃依は、古いグループチャットの名前を見て笑いそうになった。
「永遠に二十一歳」
作ったのは大学四年の冬だった。三人でファミレスに居座り、卒業しても月に一度は集まろうと約束した。二十七歳になった今、最後に三人そろったのは一年前だ。アイコンのパンケーキには、当時の加工アプリで不自然な光が散っている。
土曜の午後、乃依は本棚を整理していて、三人で回した小さなノートを見つけた。将来やりたいことを一ページずつ書いたものだ。乃依の欄には「海の見える部屋に住む」と丸い字である。現在の部屋から見えるのは、隣のマンションの非常階段だけだった。
写真を撮り、チャットへ送った。
〈発掘した。全員、だいぶ予定と違うね〉
一時間近く、既読はゼロだった。
乃依は本棚の前に座ったまま、乾いたクリーニングの袋を畳んだ。昼に買ったサンドイッチの包みとレシートも足元にある。レシートには十五時十七分。追加料金を払ったカフェラテは、とっくに飲み終えている。休日を有意義に使おうとして、もう夕方になっていた。
グループ名を変えたほうがいい気がした。「たまには会おう」なら現実的だ。「元ゼミ三人」なら寂しくない。でも名前を変える通知だけが三人の画面に届くのを想像すると、それも何かを催促するようだった。
乃依は編集画面を開き、「永遠に」を消してみた。「二十一歳」だけでは、なおさら奇妙だった。全部消すと、入力欄が白くなった。
ベランダへ出ると、非常階段の手すりに夕日が一本だけ当たっていた。海ではない。けれど、光は思っていたよりきれいだった。
部屋に戻り、グループ名の変更をキャンセルする。約束を守れていない証拠ではなく、そのとき本気で約束した証拠として、残しておいてもいいと思った。
ノートを捨てる箱から戻し、本棚の端に立てる。写真はまだ未読だ。乃依はパンケーキの古いアイコンを一度だけ見て、スマホを閉じた。
二十七歳の土曜は、非常階段に夕日が当たった。それだけ書き足せれば、今日は十分だった。