サビだけ別人

追悼配信のサビだけ、失踪した歌い手本人の声になった。

カバー歌手の月館仁那は、イヤーモニターを疑った。二年前に消えた顔出しなしの歌い手〈RUE〉へ捧げる一曲。イントロもAメロも仁那の声だったのに、サビへ入った瞬間、低く掠れた旧音源の声が重なった。

画面には、RUEが最後に投稿した言葉が出る。

「私を忘れて」

仁那は配信デビューした頃から、RUEに似ていると言われ続けた。歌い回し、息を吸う位置、語尾の笑い方。比較動画が増えるたび、「売名」「偽物」と叩かれた。運営は話題になるからと否定も肯定もさせず、今回の追悼配信まで用意した。仁那には、RUEの衣装と同じ色のジャケットまで着せられ、立ち位置も過去映像に一ミリ単位で合わせられていた。

「私を忘れて」

Aメロの波形には一人分しかない。なのに視聴者側では二人の声に聞こえる。仁那は配信設定を開き、声紋比較の表示を見た。

〈一致率:99.98%〉

サビが二周目へ入る。画面に、RUEの失踪当日の映像が流れた。暗い洗面所で髪を切り、衣装を捨て、声を低くする訓練を繰り返す人物。鏡に映った横顔は、現在の仁那だった。

コメント欄が止まる。

RUEは誘拐されたのでも、死んだのでもない。過剰な監視と住所特定から逃げるため、運営と契約を切り、声の出し方も外見も変えた。ところが会社は失踪を伝説にして稼ぎ続け、別名で戻った彼女まで「似ている新人」として囲い込んだ。

仁那はマイクを握り直した。追悼用に用意された最後のロングトーンを、RUEの癖ではなく、今の自分の荒い声で歌う。自動補正が外れ、二人に聞こえていた声が一つへ戻った。

配信管理者が回線を切ろうとする。仁那は先に、RUE名義の全権利放棄と契約解除通知を公開した。

最後の一音が消え、画面から古いアバターも消える。

仁那はカメラを見た。

「私を忘れて」

失踪した人間を忘れろという遺言ではない。RUEという作られた偶像を忘れ、目の前で別の名前を選び直した自分を、同じ過去へ引き戻すなという宣言だった。