パスタサラダと洗濯機
史織がパスタサラダのふたを開けた瞬間、洗濯機が終了音を鳴らした。
一度、二度、三度。狭い部屋では、電子音が責める声のように響く。帰宅してすぐ洗濯を回した自分は偉い。そう思う一方で、干すところまで終えなければ意味がない、と別の自分が言う。
時計は午後十時二分。夕食は蒸し鶏のパスタサラダと、コンビニのコーンスープ。昼に会議が長引いて、食べたのは小さなクッキー二枚だけだった。空腹なのに、食べるより先に洗濯物を干すべきだと思ってしまう。
史織はフォークを置き、洗面所へ向かった。洗濯槽からブラウスを取り出す。袖が絡まり、靴下が一枚見つからない。ハンガーを三本使ったところで、腹が鳴った。
その音があまりに正直で、史織は笑いそうになった。
仕事中は、空腹も眠気も、トイレに行きたいことさえ予定に合わせる。家に帰ってまで、体を後回しにしていた。
濡れたブラウスを抱えたまま、テーブルへ戻る。椅子の背にブラウスをかけ、パスタサラダを一口食べた。冷たい麺にごまドレッシングが絡んでいる。コーンスープは少しぬるくなっていたが、喉を通ると肩が下がった。
スマートフォンには、同僚から「今日も助かりました」のメッセージ。返信欄に「いえいえ」と打ち、消す。今日の自分は助けた側だった。少しくらい、助けられる側になってもいい。
史織はタイマーを十五分にセットした。その間は食べる。鳴ったら干せる分だけ干す。全部でなくていい。
パスタを半分食べたところで、椅子の背から水滴が床に落ちた。史織はティッシュを一枚置き、それ以上は気にしなかった。
タイマーが鳴るころ、皿は空になっていた。洗濯物はまだ重いまま待っている。
でも今夜、先に干からびなくてよかったのは自分のほうだ。史織は残りを明日に回すつもりで、靴下だけ二枚、ゆっくり広げた。
残りの洗濯物には、もう一度短い脱水をかけた。回転音を聞きながら、史織はベッドへ腰を下ろす。家事を先延ばしにしたのではなく、自分の空腹を先に処理した。その順番を、今夜だけの正解にしてよかった。