パンくずの星

トースターの下から、黒い粒が星のようにこぼれていた。

余命を告げられて帰宅した森下絹香は、靴も揃えないまま台所へ入った。

妹は夜勤中で、食卓には書き置きがあった。

〈パン焼くと煙出る。帰ったら見て〉

病院へ行く前に読んだはずなのに、忘れていた。診察室で聞いた言葉が一日の記憶を上から塗ったらしい。絹香は封筒を椅子へ置き、トースターのコンセントを抜いた。

受け皿を引くと、焦げたパンくずが山になっていた。角にはチーズらしい黄色い膜まで貼りついている。庫内のヒーターには触れないよう、トースターを手前へ引いた。底の隙間からも細かな粉が落ち、白い台の上に黒い点が増えた。

去年、妹が同じ状態で餅を焼き、煙を出したことがある。火災報知器が鳴り、二人でうちわを振った。あのときも妹は「餅は悪くない」と言い張った。妹はパンへ具を載せすぎる。落ちるから皿で焼けと言っても、「直火感が違う」と譲らない。

絹香は新聞紙を広げ、受け皿を逆さにした。黒い粒が散り、大小の点になった。妹なら星座に名前をつけるだろう。焦げチーズ座、食パンの耳座。絹香は指で集め、ごみ箱へ落とした。

金属の皿は薄く、力を入れるとすぐ歪む。丸洗いできるのは受け皿だけなので、本体の中は乾いた刷毛で手前へかき出した。次にぬるま湯へ台所用洗剤を垂らし、柔らかいブラシで皿の溝をなぞる。黄色い膜だけが残り、爪で剥がそうとすると端がちぎれた。

スマートフォンに妹からメッセージが来た。

〈病院終わった?〉

絹香は〈終わった。トースター掃除中〉とだけ返した。

〈そこじゃない〉

〈煙出るんでしょ〉

しばらく入力中の表示が続き、消えた。代わりに、〈チーズは私じゃない〉と届いた。

家に二人しかいない。絹香は笑って咳き込み、ブラシを置いた。水を替え、受け皿の端をもう一度こする。黄色い膜は、最後に細い一本となって流れた。

布巾で拭くと、銀色の表面に自分の指がぼんやり映った。新聞紙を包み、星座だったパンくずを一つ残らず閉じ込める。絹香は受け皿をトースターの下へ差し込む。奥で小さく金属が鳴り、黒い粒は一つも落ちなかった。