ペンギンの冬アイス

 吉野辺小鞠の誕生日は一月の終わりだ。

 子どもの頃から、苺のケーキより鍋が似合う日だった。今年は仕事が忙しく、友人との食事も来月へ延期した。帰り道、自分でケーキを買うのも大げさに思え、駅裏の店へ入った。

 そこは「氷灯」という冬季限定のアイス店だった。

 店主はペンギンのミント。人間のパティシエがアイスを盛り、ミントが注文を聞く。

「寒いのに、アイスだけですか」

「寒いからです」

「小さいものを一つ」

「祝い事?」

 小鞠は首を振りかけ、やめた。

「誕生日です」

 ミントは翼をぱたんと鳴らした。

「では、冷たいものと温かいものを一緒に」

 出てきたのは、丸いバニラアイスへ熱いエスプレッソをかけるアフォガートだった。人間のパティシエが短い蝋燭を一本立てる。

「歌は?」

「いりません」

「私も歌は苦手です。鳴くとだいたい騒音になります」

 小鞠は蝋燭を吹き消した。

 熱い珈琲がアイスの表面を溶かし、白と茶色の境目から湯気が細く上がる。口に入れると、冷たさの直後に苦い温度が来た。

「どちらかにすればいいのに」

「冷たいものがあると、温かさがよく分かります」

「逆も?」

「もちろん。冬の海では重要です」

 店には小鞠のほか、年配の夫婦と制服姿の学生がいた。誰も彼女の誕生日を知らない。なのに、蝋燭が消えた瞬間だけ、夫婦が小さく拍手し、学生が「おめでとうございます」と言った。

 小鞠は照れながら頭を下げた。

「一人で祝うの、少し寂しいと思ってました」

「一人で来ても、店には店員がいます」

 ミントが胸を張る。

「客もいます」

 人間のパティシエが付け足した。

「アイスもいます」

「それは人数に入れないでしょう」

「溶けるまでは一席です」

 小鞠は最後の一匙をゆっくり食べた。皿の底には、甘い珈琲色の液体が少し残っている。

 帰り際、ミントは紙袋へ小さな塩クッキーを二枚入れた。

「来年用ですか」

「帰り道用です。誕生日は家へ着くまで続きます」

 外へ出ると、息が白くなった。口の中にはバニラと珈琲の香りが残り、紙袋は掌でかすかに温かい。

 小鞠は友人たちへ〈今日は一人で冬アイスを食べた。思ったより、よい誕生日〉と送った。返信を待たずに歩き出す。胸の中では、冷たい一匙と温かな一匙が、ゆっくり同じ味へ溶けていた。