ホテル予約は恋人ではなく
宮前沙都のスマホに、京都のホテルから予約確認が届いたとき、隣にいた恋人の指が止まった。
来月も、その次の月も、別の都市で一人分の部屋を取っている。沙都は週末の予定を「友達と出かける」としか言っていなかった。舞台俳優を追って地方公演へ行く自分を知られたら、二十七歳にもなって、と呆れられる気がした。
以前付き合っていた人には、アクリルスタンドを「子どものおもちゃ」と言われた。その日から、恋人が変わっても、遠征の予定だけは共有カレンダーへ本当の名前で入れられなかった。隠すことが礼儀だと、自分に言い聞かせていた。
「これ、誰と行くの」
問い方が静かなぶん、疑われているのが分かった。沙都はスマホを伏せた。
「一人」
「毎月、一人で同じ系列のホテル?」
テーブルの上には、将来一緒に住む部屋の資料が広がっている。秘密を残したまま家を選ぶことが、急に無理に思えた。
沙都はクローゼットから薄い箱を出した。中には舞台の半券と、劇場ごとのスタンプ、俳優のアクリルスタンド。ホテルでは毎回、窓辺にその小さな姿を置いて写真を撮る。
「この人を観に行ってる。浮気じゃないけど、たぶん理解されないと思ってた」
恋人はアクリルスタンドを持ち上げ、予約画面と見比べた。
「浮気より先に、京都でこの値段は高くない?」
沙都が顔を上げると、彼は別のホテル検索を始めていた。理解したふりをするでも、同行すると言うでもない。ただ、駅から劇場までの距離と、終演後に入れる時間を確認してくれる。
「一緒に住んだら、これを隠す場所も必要?」
「隠す場所じゃなくて、飾る棚がほしい」
初めて、はっきり言えた。
二人で見ていた物件の条件に、沙都は「収納多め」を消して「小さな飾り棚を置ける壁」と書き足した。
それから共有カレンダーを開く。これまで「友人と旅行」だった予定を、一件ずつ作品名と劇場名へ直した。京都の欄を保存すると、隣で恋人がホテルのキャンセル無料期限を入力した。